大学の産婦人科に入って間のなくのことでした。35歳の初産婦さんが良い感じでスムーズにお産となりました。先輩の先生が言いました。「佐野、この年でこんな安産なんてめったにないんだぞ。覚えておけ」。その産婦さんはそんな年齢を感じさせない若々しくキレイな人でした。ノリもよく、「赤ちゃんがこんな目つきをしている」と言って自分の目をよらせて見せてくれました。産まれたばかりの赤ちゃんの目頭の皮膚はモッコリとしているのでより目にみえるものです。その辺の所をお話ししました。産後の経過も順調で元気に退院しました。
このように当時、30歳を過ぎた初産婦は難産になると信じられていたので、全員、妊娠38週になると骨盤のレントゲン写真を撮っていました。年齢と骨盤の広さには何の関係もないのに妙なことをしていたものです。また、四十代の妊婦さんには経産婦さんでも帝王切開を勧めていました(現在は高齢妊婦さんの帝王切開は肺塞栓症の危険があるので、出来るだけ経腟分娩が望ましいと考えられています)。その後、晩婚の流れもあるのか高齢妊娠は35歳以上になりました。
最近、NHKの特集で、晩婚化による不妊の問題を取り上げていました。社会でいろいろ活動してしている女性が、気づいてみたら妊娠しづらい年齢になり不妊症に悩んでいるケースが多いと、体験者のインタビューも含めて報道していました。テレビの健康番組はたいていアヤシゲですが、NHKもときとして暴走します。こんな不安をあおるような放送をして何になるんだろうと腹が立ちました。
その被害者とおぼしき女性が受診しました。その患者さんは以前から生理が近くなるとイライラして生活にも支障をきたす月経前不快気分障害に悩まされていました。それがお産をして1か月もたっていないのにイライラして調子が悪いと言うのです。実家のお母さんも心配して一緒に来院しました。話を訊いてみると夫がひどい人で、産後で疲れ切っている奥さんの手伝いを一切しない、食事が終わっても自分の食器すら洗わない、妊娠中もここに書くのもはばかれるような暴言を浴びせていたそうです。
「そのバカは何様だ?」。「ダンナ様です」。不謹慎にも思わず笑ってしまいました。どうして結婚したかというと、結婚前はとても良い人だと思った、三十もなかば過ぎて早く赤ちゃんを産まなければと焦っていたということでした。一緒に来たお母さんは「もっと早く先生に会っておけば良かった」と言ってくれましたが、いくら早く来てもオレだってどうすることもできないよなあと思いました。
私は高齢を心配している妊婦さんには「当院では40歳以上を高齢としています」と40過ぎの初産婦さんが安産した例を具体的にあげて説明しています。たとえ二十代でも老けて見える妊婦さんは老けたお産をします(要するに難産の傾向にあるということです)。これはけして出まかせではなく、実年齢よりも見た目の方が身体年齢に適合していることは医学的に証明されています。当たり前と言えば当たり前の話で、若々しい人は長生きをして、病気ばかりしている人は老けて見えるのは周知のとおりです。
しかし、高齢のために生まれてくる子に障害がないかと心配する妊婦さんには出生前診断について説明します。新しい出生前診断は、札幌では北大と札幌医大でしかやっていないので、当院ではクワットロテストをして必要なら他施設での羊水検査を紹介しています。
第130回 忙酔敬語 高齢出産