不定愁訴、何だかイヤな言葉ですね。医療者側からみた言葉で、正式な診断名ではありません。患者さんに「あなたの言っていることは不定愁訴です」なんて言ったら大変なことになりそうです。いろいろ検査しても患者さんの訴えに相当するような所見がなく、「どうしたら良いのか分からない、困ったな」という感じがします。患者さんも自分のつらさが伝わらないので、思いつくことをいろいろ述べ立てるため、ますます泥沼にはまって行きます。自律神経失調症と言われることもありますが、この病名も、分かったような分かんないようで何のことやらはっきりせず、絶滅危惧種といってもよいでしょう。
更年期の女性の不定愁訴は「更年期障害」というりっぱな診断名がつきます。ホルモン補充療法をはじめとした様々な治療法があるので、医者の方も始めはそれほど困りません。しかし、ホルモン補充療法もダメ、漢方もダメとなるとだんだん途方にくれてきます。
軽症の「うつ病」も、初期のうちは患者さんは、精神症状よりも、肩こり、腰痛、だるさなど身体症状を自覚して病院にかかるので、不定愁訴としてあつかわれることが多々あります。これは仮面うつ病と言われていますが、医療者側が「気分の落ち込み」や「テレビや新聞などに興味を示さなくなった」など、うつ病特有の症状を確認することで診断することができます。いわゆる「更年期障害」と診断された女性のなかにも「うつ病」の患者さんは少なからずいるので、ホルモン補充療法もダメ、漢方もダメといった患者さんは「うつ病」をうたがった方がよいでしょう。
私は自慢ではありませんが(やはり自慢か?)、この不定愁訴の患者さんにそれほど困ったことはありません。検査ではっきりした結果が出なくても病気には必ず原因はあるものです。お金のかかる検査をしなくても患者さんの話を聞けば大体分かります。「最近、何かツライことはありませんでしたか?」。これでたいていのことは聞き出せます。
「年老いたお母さんの介護ですっかりまいっている」
「一緒に飲食店を経営していたご主人が亡くなり、現在、娘の家族と同居しているが、生きがいがない」
「幼い子の夜泣きにどう対応して良いか分からない」
「夫婦関係が最悪でである」
「職場でセクハラ、パワハラを受けた」
「子供が受験に失敗した」
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枚挙にいとまはありません。
「それは大変ですね。そんな状況なら体調を崩すのは当たり前ですよ。よく頑張りましたね」。この一言でほとんどの患者さんはホッとした表情になります。患者さんのお話を受容的に聞くのも大事ですが、ただ時間がかかるだけです。ポイントを押さえると面接時間は10分程度ですみます。治療法はできたら問題を解決することです。認知症のお母さんのために介護施設を紹介する。夜泣きの赤ちゃんには漢方を一服盛る。夫婦婦関係が最悪なら離婚する。解決方法がなければ心理士に回してグチを聞いてもらう(私は心の交通整理と説明しています)。体力が弱っていれば漢方薬などを処方する。それでもダメなら究極の悟りを会得してもらう。「諦めろ、諦めきれずと諦める」。ちょっと酷ですかね。
第117回 忙酔敬語 不定愁訴