院長ブログ カーブ

Close

第98回 忙酔敬語 南部先生の思い出

南部春生先生が亡くなられてから7年もたちました。南部先生は子育て支援の大家として全国的にも高名な小児科の先生でした。著書も数多くあり、今でも南部先生の本を読んでいるお母さんが大勢います。現在、当院には笹島先生という新生児専門の頼もしい小児科医がいますが、開院当初は専属の小児科医は不在で、赤ちゃんの診察や一か月検診には札幌医大の小児科にお願いして医師を派遣してもらっていました。私個人としても、お産まではお母さんたちに満足していただける自信はありましたが、問題は子育てで、育児支援について何とかしなければならないなと思っていました。要するに当時は産ませっぱなしと言われてもしかたのない状況でした。
そんなある日、郷久先生が「佐野先生、南部先生から手紙が来たよ」とちょっと緊張した面持ちで封書を開けていました。「まさか、ウチに来たいなんて言ってるんじゃないでしょうね」。「いや、来てくれるらしい」。「へえっ、それはすごいことになりましたね」。手紙には南部先生が天使病院を定年退職するにあたり、その後、当院で働きたいということが書いてありました。郷久先生と私が札幌医大に在籍したとき、郷久鉞二編『マタニティ・ブルー』(同朋舎)という本を出したことがありました。その際、郷久先生は天使病院の南部先生に「子育ての原点からみた母子関係のあり方」について執筆依頼をしました。そのときから南部先生はわれわれの動向に注目するようになりました。そして、当院が母児の心身両面からケアする施設と知り、定年後に当院に来ることを決めたとのことでした。
私がはじめて南部先生の講演を聴いたのは北見赤十字病院にいたときのことでした。南部先生を尊敬する小児科のM先生が南部先生を北見にお招きしたのです。先生のお話はまさに立て板に水、赤ちゃんの心身のケアについて心にしみ入るような講演でした。背景とする理論が、心理療法の「交流分析」とななりかぶっていたので、その後、南部先生にうかがったところ、ご自身で気づいた方法とのことでした。「えらい先生は皆、同じ境地に達するものだな」と感心しました。
南部先生の子育て理論は、とにかく赤ちゃんの欲求にいかに応えるかという視点に立っていました。心理学的にアプローチするように指導しても、お母さんは戸惑うばかりです。そこで形から入って行くように指導されていました。赤ちゃんが目を覚ましたらオムツを交換し、それから声をかけながら遊んであげる。赤ちゃんがクタクタになったらオッパイを飲ませる。そうすれば赤ちゃんは安心してグッスリ眠り、お母さんも子育ての喜びを知ることができるといった具体的なやり方でした。
南部先生が、ネグレクトされて全く無表情の赤ちゃんを対応している所に陪席したことがありました。南部先生は赤ちゃんを抱き上げながら「おう、どうした、どうした」と話しかけました。そうしたら今まで無表情だった赤ちゃんが、南部先生をしっかりと見つめて、口をモグモグさせ、何か言いたそうなそぶりを見せました。これには私も驚嘆しました。「先生はドリトル先生みたいですね」と思わずさけんでしまいました。
南部先生は日頃、食生活に気を使っていました。何年か前、タクシーで麻生を通りかかったとき、運転手さんが「そう言えば、南部先生を乗せたとき、よくここの[一力(和菓子屋)]で止まってはお菓子を買っていましたよ」と教えてくれました。「あんな意志強固な南部先生にもそんなことがあったんだ」。おかしみとともに涙が浮かんできました。