佐野理事長ブログ カーブ

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第95回 忙酔敬語 邪が邪を呼ぶ

よく「体が欲する」と言って、疲れたときに甘い物を食べるとラクになることはよく知られています。まあ、若い人は知らないかもしれませんけどね。
「体が欲する」のは健康な人の場合で、心身ともに病んでいる人はそんなわけにはいきません。
私が中学生のとき、NHKの連続ドラマで「横堀川」という番組がありました。長門裕之さんが主人公、長門さんの奥さんの南田洋子さんがヒロインで、いまだにネットでも検索できる名作でした。ドラマでは南田さんの夫は、長門さんではなく別の役者さんが演ずるどうしようもない道楽者のぼんぼんでした。そのぼんぼんが「うまい、うまい」と屋台でトンカツを何枚も食べるシーンがありました。当時はメタボという言葉はありませんでしたが、長門さん演じる番頭は「そんなモン食べて体に悪いんとちゃいますか?」と心配そうに若旦那を見ます。すると若旦那は「好物に悪いモンなしや、あんたもどうや? 親父さん!もう一枚頼むわ」とドンドン食べました。そして急病であっさり死にました。メタボなのにトンカツを欲しがったのです。これが「邪が邪を呼ぶ」です。
当院に来られる患者さんの多くは、「邪が邪を呼ぶ」食生活をしています。
たとえば月経前症候群(PMS)、あるいは月経前不快気分障害(PMDD)。前者は産婦人科の立場からつけた病名で、後者は精神科の立場からつけた病名です。これらの病気は、生理前になると、めまい、頭痛、いらいら、気分の落ち込みなど様々な症状が出て患者さんを苦しめます。成熟期の女性の十人に一人は何らかの症状があると言われています。原因としていろいろな説があります。私はその時期に女性ホルモンの分泌が多くなるため、体に水分がたまり、それで不快な症状が出ると考えています。その証拠にこれらの患者さんのほとんどが、その時期になると浮腫んで体重が増加します。初診で病態の説明と処方をした後、患者さんに「生理前になると塩辛い物が食べたくなりませんか?」と聞くと、「どうして分かるんですか?」とビックリした顔をしました。「塩分を摂ると体が水分を引き込みます。いわゆる『邪が邪を呼ぶ』状態です。気をつけてくださいね」。患者さんはいたく納得したようでした。
摂食障害も「邪が邪を呼ぶ」代表的な疾患です。ストレスを過食で紛らわすのです。「邪」であるストレスを解消しなければ治らないやっかいな病気です。飲酒も似たようなものです。私はストレス発散に、当直以外で家にいるときは必ず焼酎を飲んでいましたが、思うことがあって本年7月6日をもって断酒しました。すると体調が良くなり自分でもビックリでした。それ以来、一滴も飲んでいません。アブナイところでした。
「邪が邪を呼ぶ」病気のキワメツキは糖尿病です。気の毒なことに糖尿病の患者さんのほとんどは甘い物が大好きです。むかし『文藝春秋』の随筆集の欄にこんなコラムが載っていました。〈糖尿病の末期の友人に福砂屋のカステラを差し入れしたところ、友人は「こんな美味しい物、久しぶりに食べた」と涙を流さんばかりに喜んでくれ、そして一週間後に亡くなった。良いことをした〉。私はカステラが原因で死んだのではないかとずっと疑問に思っていましたが、最近、内科医の友人に聞いたら「そんなことはないよ、良い話だね。ウチでは末期の患者さんにビールを呑ませることもあるよ」と言いました。
「そうか、もし、オレが死ぬときはコイツの病院で死のう」と思ったことでした。