院長ブログ カーブ

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第65回 忙酔敬語 出生前診断と命 

今月から染色体についての新しい出生前診断が指定された施設で行われるようになりました。対象は高齢妊婦、過去に染色体異常の赤ちゃんを生んだお母さんなどに限られています。血液検査で99%の診断率で結果が分かります。この検査は100%の診断率ではないので、実施している先生たちは「出生前診断」ではなく「出生前検査」と言っています。
確定診断は羊水で赤ちゃんの染色体を検査することで判明します。しかし、この方法は母体のお腹に注射針を刺すため、300回に1回の率で流産を引き起こす恐れがあります。新しい検査法は、「陰性」と出た場合にはこのちょっと危険な羊水検査をしなくてもよいという意義があります。ただこれだけです。テレビ、新聞などの報道で「騒ぎ」が一人歩きしているようですが、くり返すようですが意義はこれだけです。費用も現在のところ羊水検査の2倍くらいもします(施設によって異なりますが)。陽性と出た場合は、やはり確実な検査ではないので結論は出さず、確定診断となる羊水検査が必要です。新しい検査を実施するにあたっては、遺伝相談の資格を持つ医師が(産科サイドと小児科サイドで)じっくりと時間をかけてカウンセリングを行わなければなりません。今までの羊水検査はこんなに慎重には行っていなかったので、「何だよ、今さら」といった思いがします。
この度の出生前検査は一般の方には、新聞などの報道で「ダウン症の検査」として認識されているようです。ダウン症の赤ちゃんにもいろいろタイプがあり、心臓の奇形のため重いハンディーを持った子から、大学を卒業して現在も国際的に活躍している日本人女性もいます。また、ダウン症の子どもたちは一般に性格が穏やかでけっしてキレることがないため、ご家族にとって天使のような存在になることも多々あります。そんなわけで「ダウン症協会」は、ダウン症に対する差別だと出生前診断に断固として反対しています。
ダウン症以外にもいろいろな先天異常があります。その中でも心臓の奇形は一番頻度が高く、ダウン症の10倍もあります。赤ちゃんの先天性の心奇形は超音波診断で予想がつきますが、専門医でなければはっきりとした診断はできません。心奇形といってもすべてが治療の対象になるわけではありません。心室中隔欠損や心房中隔欠損で穴が小さいタイプは自然に治りますし、妊婦健診で発見されることはまずありません。しかし心奇形が重症な場合は、私でも「変だな」と思うことがあります。
そのお母さんは二人目の妊娠でした。妊娠19週の健診で、普通は左側に傾いているはずの赤ちゃんの心臓が右に傾いていました。そこで専門医のいる施設に紹介しました。やはり出生後は生存が難しいと説明されました。しかし、そのお母さんはわずかな望みにかけて頑張る決心をしました。妊娠の経過は順調で、赤ちゃんが動くたびに「上の子より蹴りが強い」と幸せに思ったそうです。妊娠9ヵ月に入ったとき、帝王切開してただちに赤ちゃんの手術をするか、あるいは普通分娩をするかどうかを選択することになりました。帝王切開をした場合は赤ちゃんを抱っこすることができません。お母さんは普通分娩をして赤ちゃんを抱っこすることに決めました。お産は順調でしたが赤ちゃんは残念ながらその日に亡くなりました。私はそれを聞いて蝉の一生を思い浮かべました。蝉は一生のほとんどを土の中で過ごします。そして地上での生活はわずか1週間程度です。この赤ちゃんも日の目を見ることはありませんでしたが、お母さんのお腹の中にいるときは、あんなに愛されて、きっと幸せだったんだなと思いました。