院長ブログ カーブ

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第57回 忙酔敬語 お産のハラハラ、ドキドキ

母児ともに順調なお産は、ご家族にとっても医療者にとっても幸せなことです。私たちはこの喜びのために日々頑張っているのです。しかし、一つ間違えるととんでもない不幸な結果に遭遇することも事実です。今回はとにかくハッピーな結果とはなりましたが、今あらためて考えると「けっこう、ヤバかったな」という思い出話をします。
私が大学院を卒業する頃のことでした。大学院生ではありましたが収入のため医局ではK市立病院への月間出張をさせてくれました。出張に行くときの週末は常勤医の先生の休日となり、私一人での判断で診療することが多々ありました。今思えば恐ろしいことですし、さらにその頃は怖いもの知らずでした。双子のお産に立ち会うことがありました。今では双子というだけで事故が起きないように帝王切開をする施設が増えてきましたが、当時は経腟分娩が主流でした。ただ最初に出てくる赤ちゃんが逆子の場合は、逆子の赤ちゃんの首とつぎに出てくる赤ちゃんの首が引っ掛かってにっちもさっちもいかなくなることがあるので帝王切開をしなければなりません。そのときは逆子の赤ちゃんと頭位の赤ちゃんの進行が同時でした。そこで頭位の方を破膜して頭位の赤ちゃんが先に出るようにしました。もくろみは的中し、無事に頭位の赤ちゃんが先に生まれ、続いて逆子の赤ちゃんが生まれました。「ヤッター」と思いましたが、今考えると冷や汗ものです。
利尻島に月間出張に行ったときのことでした。町立病院は利尻町にありましたが、助産所は東利尻町にあり2人のベテランの助産師さん(産婆さんといった方がピッタリとくる)が頑張っていました。ただし産科医が来たときは可能ならば誘発分娩を希望していました。その妊婦さんはこれで3人目で子宮口が3㎝開いており誘発可能と判断し、陣痛促進剤の点滴の指示を出しました。翌日助産所から電話がかかってきました。どうも逆子らしいというのです。町立病院から看護師さんと車で駆けつけました。車中、看護師さんに「帝王切開するとすればどのくらい時間がかかるか」と確認したところ、このところ手術室は使用していないので、手術室の消毒だけでも半日かかるとのことでした。ここで腹をすえました。助産所に着くとすでに妊婦さんの陣痛は始まっていましたが、やはり逆子でした。そこで陣痛の間欠時に「エイヤ」とばかり赤ちゃんのお尻を上の方に押して頭を下に回転させました。普通はそううまくはいきませんが火事場の馬鹿力というか赤ちゃんはクルッと回ってくれました。そして赤ちゃんの頭が固定するように破膜をしました。赤ちゃんの頭はどんどん下がってきました。ここまで来ればもう大丈夫、あとは助産師さんに任せて病院に戻りました。戻って間もなく無事に赤ちゃんが生まれたとの報告が入りました。
二つともお産の決め手は人口破膜でしたが、赤ちゃんの頭が固定しないときに行うのは、臍帯が先に出てきて赤ちゃんが危険な状態になることがあるので、現在ではしてはいけないことになっています。また、利尻でのお産では外回旋という技を使いましたが、これも一歩間違えば胎盤を剥離させて危険な状態になるので慎重に行わなければなりません。兵法書『孫子』では逃げ道のない絶体絶命の状況を「死地」と呼び、そんなときはそれこそ必死で戦わなければならないと書いてあります(いや、待てよ。現在なら降伏という手もあるぞ)。当時の私は(まだ『孫子』は読んでいません)まさに「死地」と判断してあんな事をしたのでしょうが、今、考えると他の選択肢もありました。今後も「死地」に追い込まれることなく、ハラハラ、ドキドキしたお産はゆめゆめしないことを誓うしだいです。