英王室は12月3日、ウィリアム王子(30)の妻キャサリン妃(30)が妊娠したと発表しました。王室によると、キャサリン妃はつわりのため、3日午後にロンドン市内の病院に入院したとのことでした。この記事で英国のつわりの治療は日本の方法とほとんど同じではないかとうかがい知ることができました。アメリカ、とくにミシガン州ではゾフランという強力な制吐薬を使用するため、つわりで入院する妊婦さんはほとんどいないそうです。ゾフランは本来、抗がん剤による副作用の悪心嘔吐のため使われる薬です。米国FDA基準では、妊婦に対してはBのカテゴリーで安全とされています。しかし日本ではつわりに対しての保健適応がないので自費となります。1日1回、1錠で1400円以上とけっこうな値段ですが、入院費のことを考えると安上がりです。私もゾフランザイディスという口の中で溶けてストロベリーの香りのするタイプの錠剤を処方してみましたが、1名の妊婦さん以外はよく効きました。ただし日本ではまだ一般的な方法ではないので、その辺のところを患者さんに十分に説明してから服用してもらっています。
日本で適応症に妊娠悪阻と書いている薬はタチオンの内服薬ぐらいなものですが、他にプリンペランやピドキサールといった薬も一般的に使用されています。しかしナウゼリンという吐き気止めはくわしい理由はは分かりませんが、妊婦さんに使ってはいけないことになっています。漢方では小半夏加茯苓湯、半夏厚朴湯、人参湯、茯苓飲合半夏厚朴湯につわりの効能が表記されています。タチオンなどの西洋薬は誰にでもある程度の効果がありますが、漢方薬は妊婦さんの症状に合わせて処方しないと効きません。この他にも吐き気止めの作用のある漢方薬は、呉茱萸湯、五苓散、大柴胡湯などがあり、妊婦さんの体質にピッタリと合うと劇的に効くことがあります。昔、大学病院にいたとき、つわりで食事が摂れず1か月も入院して点滴をしていた妊婦さんがいました。体が冷えて頭痛もするというので呉茱萸湯がいいのではないかとひらめき処方してみました。すると翌日には体があたたまり、2日目には頭痛がとれ、3日目には食事が摂れるようになったため点滴は中止となり、4日目で退院となりました。正直なところをいうと、漢方でこれほど効いた妊婦さんはその後はほとんどお目にかかっていません。
吐き気が強くて薬も飲めない時は、キャサリン妃のように入院にて点滴をしなければなりません。家庭の事情で入院ができない妊婦さんは通院で点滴をすることもあります。点滴は主にブドウ糖液ですが、ここで注意しなければならないのは糖の代謝に必要なビタミンB1の欠乏です。白米食が中心だった頃はビタミンB1の欠乏により多くの人が脚気になりました。下肢が浮腫んで重症になると心不全を起こして死に至ることもありました。日露戦争のときの陸軍の兵士は銃創よりも脚気による死の方が多かったそうです。海軍はパン食のため脚気は発症しませんでした。妊婦さんへのブドウ糖の点滴によるビタミンB1の欠乏は、脚気ではなくウェルニッケ脳症という意識障害を起こします。早めにビタミンB1を補わないと後遺症を残すこともあります。しかし、2,3日の点滴程度では大丈夫です。長期に点滴治療をする場合は、始めから点滴内にビタミンB1を入れるのが常識になっているので心配はありません。妊婦さんの場合はなぜ脚気ではなくウェルニッケ脳症なのでしょうか? はっきりとした見解はありませんが、急性のビタミンB1の欠乏がウェルニッケ脳症を引き起こし、慢性では脚気になるのではないかと私は考えています。
第48回 忙酔敬語 つわりの治療