当直の楽しみは、家では見ることの出来ない番組を見ることです。10月26日の10時15分にNHK Eテレで放送された「芸能百花繚乱」は良かったですよ。家にいる時はすでに酔いがまわりおねむの時間です。演目は「ご存じ『鈴ヶ森』」。あまりにも有名な歌舞伎なので「ご存じ」がついているとのことでした。若い頃は歌舞伎なんてどうせ廃れていく芸能だと思っていましたが、最近になってその様式美や面白さが分かってきました。
場面は刑場で有名な鈴ヶ森。ごろつき達がたき火を囲んで集まっています。そこへ上方でトラブルを起こして懸賞金をかけられた白井権八が江戸に向かってやってくるという情報が入ってきました。ごろつきの一人が「どんな面つきをしているのか」と訊くと「中村勘三郎みていな奴だそうです」と答えます。お客さんもクスッと笑い、この辺は時代に応じて客に受けるように工夫しているなあと感心しました。ごろつき達は権八を引っ捕らえて懸賞金にあずかろうと気負い立ちます。そこへ中村勘三郎演じる権八を乗せた籠が到着し、権八を下ろします。権八が「ここでいいのか」と尋ねると雲助達はグルなのか「もう少しで江戸でさあ」と言って、法外な料金をふっかけます。そこでゴタゴタしている間にごろつき達に囲まれます。ごろつき達は次々と権八に襲いかかって来ますが、月明かりもない夜なので互いにほとんど見ることが出来ず、手探りで争います。この立ち回りが見所です。歌舞伎ですから京劇と違ってゆったりと演技しているのですが、ケレン味たっぷりで、権八が刀を振り回すたびにごろつきの腕や脚、首あるいは顔面まで切り取られたりします。切り取られた手足や首は黒子がすーっと舞台から運び去ります。ケレン味は、渋くて抑えた演技のことを「ケレン味がない」などと良い意味で使われることはほとんどありませんが、歌舞伎のケレン味はサービス精神があふれ出てなかなか良いものです。権八がごろつき達をやっつける度に勘三郎は見得を切りますが、格好いい。すべてのごろつきを退散させた後、また大見得を切ります。そこへ籠に乗って通りかかったのが中村吉右衛門扮する幡随院長衛です。中村吉右衛門さん、すごい存在感です。そこで歌舞伎で最も有名な台詞のやり取りが始まります。血刀を拭いて立ち去ろうとする権八に幡随院長衛が声をかけます。「お若いの(おわけいの)、お待ちませい」。権八、「待てとおとどめなされしはあ、あ、手前(てめい)のことでござろうなあ」とさらに大見得。さあ、これからが後半です。
ここで「お産です」とコールが入りました。残念! しかし、10時51分、4120gのでっかいベビーが無事に生まれました。結果良ければすべて良しとしました。