院長ブログ カーブ

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第357回 忙酔敬語 発達障害 

「うちの孫が、もうすぐ5歳になんですが、発達障害でバカなんです」
毎週、肩こりのために鍼をしている患者さんが苦笑いをして言いました。なんでも新幹線に関することは色から車両系すべて覚え込んでいるのに言葉はほとんどしゃべれないとのこと。でも絵は幼稚園のなかでも抜群の腕前で、とくに塗り絵はすみずみまで綿密にしあげるそうな。なんだか俺の幼少期みたいだなあ、とシンパシーを覚えました。
「ひょっとしてバスや車に乗ったら、すぐに窓際に座ってジッと外を見続けたりしていませんか?」、「そう、そのとおりです!」
あれれっ、俺もやっぱり発達障害か? とあらためて気づきました。私もバスや列車に乗るのが大好きで、靴を脱いで座席に正座して窓枠に手をつけて、とにかく外の景色を見続けていました。その点、旅行に関しては世話の焼けない子でした。でも、その他に関してはボーッとしているため父は知恵遅れと早合点したそうです。
養護学校の先生に「最近、発達障害の子が増えているって本当ですか?」と訊いたところ、「さあ、どうなんでしょう。保健所でスクリーニングするようになったので、それに引っかかっただけかもしれませんよ」
確かに昔から発達障害と言ってもいいような人物はいました。典型的なのは幕末の長州から奇跡のように登場した大村益次郎。
オランダ語の書物を読んだだけで、医学のみならず軍事関係のことまでマスターして、幕府軍を木っ端微塵にたたきつぶしました。ただし大村は空気が読めない男で、良好な人間関係をきづくことができず、活躍したのは短期間でした。人から恨みをかって斬られ、それがもとで人生を終えたからです。彼の能力を評価した木戸孝允がいなければ歴史に登場することはなかったでしょう。木戸の功績の一つは大村をいう人材を発掘したことだと私は思っています。西郷隆盛も上野の戦いで薩摩軍にとってはかなり損な位置に布陣するように大村から指示されましたが、文句も言わずに従いました。
発達障害の人たちには、得意分野があり(ということは他の点に関しては不得意)、その辺を理解してくれる人間がいるかいないかで生きやすい人生を送るとどうかが別れます。木戸や西郷がいなかったら大村益次郎は変わり者の医者として人生を終えたことでしょう。でも、実際のところ本人にとってはどっちが良かったんでしょうね。
IPS細胞の発見でノーベル賞を受賞した山中伸弥教授を初めてテレビで見たとき、一目で発達障害だな、と思いました。会見時の表情に発達障害特有の固さが見て取れたからです。ご本人は大阪府民なので受けをねらっていたそうでしたがちょっと無理、といった感じでした。また、高校時代に柔道やラグビーで10回以上も骨折したそうで、懲りるということを知らない御仁と、ますます確信にいたりました。しかし、精神科界のカリスマ、神田橋先生の「発達障害は発達する」という言葉どおり、最近は軟らかい物腰を身につけ、ちょっとつまらなくなりました。
かように発達障害と言われている人は(私も含めて?)異能を発揮することがしばしばあります。それを伸ばすか伸ばさないかは回りの人たちの度量にかかっています。ちょっと変わっているけど面白いヤツだなあ、という程度でかまいません。こうゆう人たちをあたたかく見守るのが成熟した社会だ、としみじみ思う今日この頃です。