佐野理事長ブログ カーブ

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第352回 忙酔敬語 お仙泣かすな馬肥やせ

「わたしの甥っ子が1歳になるんですが、手を離すとすぐ泣くんです。姉は抱き癖がつくんじゃないかと心配しているんですが、どうしたらいいんでしょうか?」
若い女性に相談されました。今どき抱き癖?! まだそんなことがまかり通っているんだ、と驚き呆れました。でも、この女性、このことを問題視している、少し抜けているけど可愛いしいいセンスしているなあ、と好感度がアップしました。
赤ちゃんは自分では何もできないので何かあれば必ず泣きます。おしっこをたれておむつが湿って気持ちが悪い、お腹がすいた、などなど。しかし一番多いのは目を覚ましても誰もいない、放っておかないで! というサインです。
私はBSプレミアムの「ワイルドライフ」などの自然物の番組が大好きで時間があれば必ず見ています。先日はカナダの北極圏に住む白いオオカミの話題でした。本能のなせるままとにかく子育てに必死。赤ちゃんが泣いていたら放っておいたりなんかしません。まず舐める、狩りをして餌を運ぶ、とにかく必死です。見ていて痛々しいほどでした。
現在の日本では赤ちゃんが飢えて死んでしまったら大事件になります。健康上の問題は病院まかせです。ですから少しくらい泣いても親はうるさいと思うだけで、赤ちゃんは放っておかれるれのでしょう。でも、これってけっこうヤバイことです。
野生の状態だったら、赤ちゃんが1人おかれていたらカラスなどが来て、突いたりなんかして食べちゃうかもしれません。だから独りぼっちは非常に危険で赤ちゃんは不安になり泣いて親をよびます。泣いたらすぐ抱っこする、できたら抱っこをし続けて泣かないようにする。動物園のお猿さんを見れば分かることで、お猿さんの群れの中で赤ちゃん猿が1人泣いているという姿は見られません。必ず抱っこされています。そんな自然界では当たり前のことが人間では忘れられています。
放っておかれても死なない人間の赤ちゃんがその後どうなるかというと、泣き疲れて泣かなくなります。だから放っておけば抱き癖がつかなくなるじゃないか! と抱き癖廃止論者は勝ち誇ったように言うでしょう。しかし、赤ちゃんの立場で考えてみましょう。いくら泣いても親は来ないのです。泣くことはただ疲れるだけで意味がなくなります。だんだん泣かない赤ちゃんになります。泣かない赤ちゃんを見たことがありますが、まったくの無表情でした。心はかなりやさぐれているようでした。泣いても無駄だと学習した赤ちゃんは人を信じることができなくなります。成長しても健康的な人間関係がきづけなくなり問題児となる可能性が高くなります。
はじめに紹介した若い女性に私は言いました。「それはイケナイことです。あとできっとツケが回ってきますよ。お姉さんに伝えてください」
日本は昔から赤ちゃんを大切にしてきました。日本史上、一番短い手紙として有名な「一筆啓上火の用心、お仙泣かすな馬肥やせ」や「泣く子と地頭には勝てぬ」と言う言葉にはいろいろな解釈があるようですが、私には、泣いている子を無視しない、という日本人の美徳が感じられます。戦後、日本中が飢えているとき、ある中国人が少ない食料をまず子どもに食べさせているのを見て将来おそるべしと思ったそうです。孝の国、中国ではまず老いた親が優先で、子どもがいくら泣いても後回しです。はたして日本は世界でもまれに見る復興をなしとげました。