院長ブログ カーブ

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第35回 忙酔敬語 ダライ・ラマ14世

「誰か尊敬する人は?」と訊かれると、「ダライ・ラマ14世」と答えることにしています。ガンジーも尊敬していましたが、ガンジーのことを知れば知るほどあまりお近づきになりたくない人と分かり、同じ時代にいなくて良かったなと思っています。ガンジーは自分のやり方を他者にも強要するからです。そのせいで彼の長男はアルコール依存症になり不幸な生涯を送りました。両者に共通するのは平和主義で、けして暴力に頼ることはないということです。日本の歴史上の人物では織田信長が人気ベスト3に入っていますが、比叡山焼き討ちや長島一向一揆滅亡など魔王的な振る舞いをして、私には狂気の沙汰としか思えません。こんな人をリーダーにしては大変なことになるでしょう。
はじめてダライ・ラマに興味を抱いたのは、オーム真理教の麻原彰晃が「ダライ・ラマは自分の師の一人である」とうそぶいていたのに対して、来日したダライ・ラマが新聞の取材で「麻原彰晃には会ったこともないし、基本的に自分は摩訶不思議なことは信じていない」と答えてからです。エディ・マーフィ主演の「ゴールデン・チャイルド」では幼少期のダライ・ラマをモデルとしたと思える少年が、それこそ摩訶不思議な超能力を発揮しています。そのためチベット仏教は摩訶不思議のメッカと誤解していました。その後、ブラッド・ビット主演の「セブン・イアーズ・イン・チベット」では聡明でちょっと腕白な若き(幼い)ダライ・ラマを見ました。「ダライ・ラマ自伝」では、亡命直後でまだ少年のとき、庭にいる小鳥を狙う「悪い」鳥を空気銃で撃つなどの悪ガキぶりが書かれています。現在の行動力のあるタフなダライ・ラマにつながるような話ですが、今のダライ・ラマなら小鳥を狙うのも自然の営みですから「悪い」鳥とは判断しないでしょう。
宇宙物理学者のカール・セーガンは、著書『人はなぜエセ科学に騙されるのか 上・下』(新潮文庫)でダライ・ラマと対談した時のことを書いています。カール・セーガンがビッグ・バーンついて尋ねると「チベット仏教と異なる部分があるので困っているんだよ」と素直に答えています。さらに「科学が明らかにチベット仏教と異なる事実を証明した場合はどうするか」という質問に、「その時はチベット仏教を変えなければならないね」と言ってカール・セーガンを驚かせています。彼が対談した宗教家でこのような考えを示したのはダライ・ラマだけだったそうです。確かに仏教は絶対的な存在については触れていませんので、科学と矛盾することはほとんどないようです。
ダライ・ラマは「思いやりの心があれば、難しい哲学や宗教も必要はない。神や仏も必要ない」とまで言っています。聡明なダライ・ラマのことですからチベットと中国の問題を配慮して述べているのかもしれません。最近出版された池上彰さんの『仏教って何ですか?』(飛鳥新社)の締めくくりはダライ・ラマとの4度目の対談です。「法王(ダライ・ラマ)は家族を持たないので自分はとらわれる物がなく自由だと言われているが、法王には600万人のチベット民族がいます」とジャーナリストらしい冷静な感想を述べています。それでも対談するたびに法王に対する尊敬の念は高まるそうです。
ダライ・ラマを崇拝するあまり「日本政府は中国の反応を恐れて、ダライ・ラマが来日しても無視したり、ガードを厳しくするといった処置をとっていない」と憤慨している人もいますが、本来、自由の好きなダライ・ラマは厳しいガードは望まれないと私は思っています。