院長ブログ カーブ

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第329回 忙酔敬語 心に鍼

「もう死んでしまいたいです!」
患者さんが泣きじゃくりながら電話をかけてきました。
「そんなことを言ってはいけません」などといった、状況を否定するような言葉は禁句です。患者さんとの関係性が断たれるからです。とにかくつなげることが大事です。今回、日中の診療時間帯だったのですぐ来てもらうことにしました。
30分ほど後、泣きはらして顔がこわばった患者さんが受診しました。車を運転してきたとのこと。私はふつう、こうした患者さんには、まずジアゼパム(ホリゾン、セルシン)を静注して落ち着かせますが、眠くなるので自分で運転をして帰るのは危険です。
「鍼をすると落ち着くから、とりあえずベッドに寝ましょう」と横たわってもらいました。
頭に手を触れると興奮して熱くなっていたので、頭のてっぺんの百会というツボに斜めに鍼を刺しました。肩も凝っているので肩(肩井)と後頭部のくぼんだところ(風池)にも置針しました。歯を食いしばっていることが多く奥歯がガタガタで痛そうなのでその辺(下関)にも打ちました。こうした肩から上への鍼治療はβエンドロフィンが放出されるため眠気をさそいます。胸が苦しいので胸の真ん中の壇中に斜めに置針。そして体調を整える基本ツボである手足の三里にも置針して、最後に気分の高まりを抑えるために足の親指と薬指の間にある太衝に置針して20分間ラクな姿勢で横になってもらいました。鍼は軟らかいステンレス製で、たとえ曲がっても折れて鍼の一部が体に残る心配はないので「ちょっとくらいなら動いても大丈夫ですよ」と言いそえました。
まさか鍼なんかで、と思われるかもしれませんが、これが効くんです。東洋医学の師匠の一人、富良野幾寅の下田憲先生は、昔、「何でも初診が大事、パニック発作は鍼で簡単におさまるよ」と言っていましたが、疑い深い私は、にわかには信じませんでした。
その2年後にパワハラにあった女性とその母親が動悸と吐き気のため父親(ご主人でもあるか‥‥)に連れられて夜間帯に受診しました。下田先生の言葉を思い出して鍼治療を試みました。二人ならべてあお向けに寝かせ、吐き気を取るために手首の二指上方の内関、動悸の郄門(前腕のど真ん中)、それに手足の三里に15分置針しました。ここでジアゼパンを静注したら二人ともフラフラになって父親(ご主人)一人でささえて帰るのは困難だと判断したからです。二人とも暗示にかかりやすいのか、症状は落ち着き何とか帰ることが出来ました。
さて、「死にたい」と泣いていた女性は、20分後、緊張を取り戻して表情もおだやかになりました。家族関係がメチャクチャで、訊いていてもため息が出るほどでした。だからといって死ぬことはないだろう、患者さんは何でもまともに受け止めてしまうタイプで逃げることは不得手のようです。リストカットの痕がいくつもありますが、若い女性によく見られるカスリ傷なんてものではなく本気でズバリと深くやるため、夏場にTシャツを着るときは傷跡を被うサポーターが必要となります。
鍼治療はどうして効くのか? リラックスをさせるための方法として心理療法や薬物療法がありますが、手っ取り早いのは信頼している人からのハグです。鍼は皮膚よりも深く心の底まで作用するのではないかと考えられます。ただし信頼関係が前提です。