院長ブログ カーブ

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第283回 忙酔敬語 じゃんけんで負けて蛍に生まれたの

「生まれ変わったら男性になりたい」
その人は言いました。
よほど今の人生がイヤなんだ、と気の毒に思いました。
私は前世とか来世とかは信じていませんが、とっさに思い出したのが池田澄子さんの一句でした。
「じゃんけんで負けて蛍に生まれたの」
金子兜太さんと、いとうせいこうさんが司会で、珍妙な俳句を鑑賞する番組がありました。その中でも特に好評で、私のツボにはまったのが池田さんの俳句でした。
ユーモラスですが、はかない蛍にかける愛情と悲哀がミックスしています。
それに対して才気走った芥川龍之介の
「青蛙おのれもペンキぬりたてか」
は、変にウケをねらった感じで好きになれません。金子先生も「つまらん」的なコメントをしていました。
一番評価の高かったのは、渡辺白泉の
「戦争が廊下の奥に立つてゐた」
不気味ですね。
戦前に呼んだ句で、当然、当局に目をつけられて弾圧の憂き目に遭いました。しかし、小林多喜二みたいに殺されることはなく、無事、戦後まで生きながらえました。
生まれ変わりについて語りたかったのに、また横道にそれてしまいました。
チベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマは、代々輪廻によって引き継がれ、現在の14世に至っていると言われています。
14世自身、輪廻について解説していて、それによると必ずしも1つの命が別の1つの命に移ることはなく、1つの命が10以上にも分散して移ることがあるとのこと。
さすが理系の頭脳の持ち主で、これだったらエネルギー保存の法則にも当てはまり、私も納得できます。
輪廻の概念を身につけると死に対する恐怖はなくなり、死ぬときの感覚は、ちょっと着替えをするかな、という程度なんだそうです。
輪廻を会得せずに、死に対する恐怖を免れるには、
「酒でも飲んで気を紛らせるしかないだろう」
男らしくて格好いい言い方ですね。
カール・セーガンは『人はなぜエセ科学に騙されるのか』(新潮文庫)で、ダライ・ラマ14世との対談について述べています。輪廻について懐疑的な質問をしたところ、科学的に否定することは難しいだろうと言われ、まさにそのとおりだと書いていました。
チベット仏教の宇宙観とビッグバーン説の矛盾については次のように答えています。
「これが今、悩んでいるところなんだよ。もし、ビッグバーンが真実ならチベット仏教の経典を変えなければならないだろう」
こんな宗教家には出会ったことがない、とカール・セーガンは驚愕していました。大賢人14世は、真の科学は宗教の一部と見なしているのです。ふところが深いですね。