佐野理事長ブログ カーブ

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第28回 忙酔敬語 胎内記憶

あるお母さんが「最近、うちの子が変なこと言うんですよ」と教えてくれました。もうすぐ3歳になるおチビさんが「ボク、ママのお腹の中にいたとき、ヘビみたいなのと遊んでいたんだよ」と言うのです。私たちは顔を見合わせました。「ヘビって臍帯(臍の緒)のことじゃない?」。周産期学会や新生児学会ではまだまともに取り上げられてはいないようですが、胎内記憶は本当にあるらしいと改めて思いました。赤ちゃんが臍の緒と遊ぶのは我々もよく経験しています。3人に1人の赤ちゃんは臍の緒を首に巻いて産まれてきます。これはいったん臍の緒で輪を作ってその中に頭を肩まで突っ込んだことを意味しています。輪の中を体が全部通り抜けると真結節といって臍の緒の結び目ができます。6月に生まれた赤ちゃんは何と首に3回臍の緒が巻かれており、さらに真結節が2つもありました。よくもまあ遊んだものです。臍の緒が圧迫されてお腹の赤ちゃんが苦しくなることがありますが、この子は全く元気でした。
超音波でお腹の赤ちゃんを見ていると、ときどき目をパチクリさせたり、大きなあくびをしていることが観察されます。お腹の中は暗くて、臍の緒以外には遊び相手はいませんが、もう、この子には感性があるんだなと思いました。「三つ子の魂百までも」という言葉がありますが、私は「胎児の魂百までも」の方が正しいのではないかと考えています。同じお母さんの子でも上の子と下の子では胎動が違います。「男の子だからよく蹴るんでしょうか」と言われますが、赤ちゃんの個性そのものがお腹の中にいるときから個別化されているのではないかと思います。お腹の中でよく動く子は生まれてからもよく動きます。妊婦健診に付き添いでお父さんが「子宮内暴力だ」と言ったので笑ったことがありました。
お腹の赤ちゃんには光は届きませんが、お母さんの子宮動脈の音は良く聞こえています。ぐずる赤ちゃんに子宮内で聞こえる音を録音したテープを再生させるとたいてい泣き止みます。赤ちゃんをだましているようで私は好きではありません。お母さんや誰かが抱っこすべきだと思います。赤ちゃんの目は生まれるまでには光を感じるようになっているため、生まれたときはビックリです。明るい世界に飛び出て、暖かい羊水の代わりにヒンヤリとした空気が流れ、手を伸びしても遊び相手の臍の緒はなく、まさに宇宙空間に放り出された感じです。泣くしかありません。そこで赤ちゃんをお母さんに抱っこさせると懐かしいお母さんの臭いと暖かいぬくもりがあります。赤ちゃんは安心して泣き止みます。「赤ちゃん、泣かなくなったんですけど大丈夫ですか?」とよく訊かれますが、理屈っぽい私は「泣く必要がないから泣かないんです」と答えています。
胎内記憶の確認は子どもが言葉を話せるようになった直後でなければ分からないでしょう。夢から覚めてしばらく経つと忘れてしまうようにほとんどの子は言語化できません。胎内教育と称して、お母さんにモーツァルトの曲を聴かせることが流行ったことがありましたが、お腹の赤ちゃんにはほとんど聞こえることはなく、お母さんがリラックスしなければ無駄です。お母さんの情動や自律神経の変化は赤ちゃんに伝わるようで、鍼治療で逆子が治ることもあります。妊娠中にお母さんが健やかに過ごすことは赤ちゃんにとって大切なことです。しかし、不幸にして辛い妊娠生活を送ったとしても、お産の後の赤ちゃんへの対応が良ければ赤ちゃんは健康に育ちます。おチビちゃんの快復力は我々の想像を越えたものがあります。