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第273回 忙酔敬語  昔の漢方医

今年の『漢方の臨床』第2号に掲載された「”重要記事ふたたび”(12)座談会 小健中湯を語る」はちょっと笑えました。
時は昭和32年1月22日。現在多くの医師が使用している漢方エキス剤が登場する20年以上も前で、漢方薬のほとんどは煎じ薬でした。
出席者は大塚敬節先生、藤平 健先生、矢数道明先生で、数々のテキストを書かれたそうそうたるメンバーでした。
小健中湯とは虚弱体質の子供に用いられる漢方薬です。芍薬、桂枝、大棗、生姜、甘草といった生薬に膠飴を加えます。膠飴はようするに水飴ですが、滋養強壮効果があり、実はこれが小健中湯の中では一番大事な働きをしています。当時は漢方薬の材料となる生薬が手に入りにくく、先生がたはいろいろ苦労されたようです。

矢数:小健中湯に入れるアメですが、どういうアメを皆さんお使いになっていますか。
大塚:なかなか理想のアメがないので、今は水アメを使っています。
‥‥‥‥‥‥‥‥。
矢数:‥‥‥。もっとも、ひところアメのない時分に、この前亡くなられた山崎啓民さんなどは、キャラメルを3個代用しておられたようですね。
藤平:小健中湯のアメは、私もやはり水アメを代用していました。
大塚:アメのなかった戦争中は、仕方がないから砂糖を代用しました。
藤平:どうでしたか。
大塚:よく判らなかったですね。

座談会はさらに昔の先生の思い出話になります。

矢数:中川昌義先生は剛毅不屈の人だったようですね。患者が自分で容態について云ったりすると、お前は医者か、それでわかるぐらいなら、診てもらう必要はない、帰れと云った調子だったようですね。
この中川先生、方の数はほんの数方で、葛根湯、小柴胡湯、大柴胡湯、桃核承気湯、大黄牡丹皮湯の五方ぐらいを使っておられたそうです。頭の病気なら葛根湯、胸脇の病気には小柴胡湯、中焦の脾胃の病気には大柴胡湯、下腹とそれ以下の病気には桃核承気湯と大黄牡丹皮湯、混合型のものにはこの五方を合方して与えられたとのことでした。
その頃は薬の袋の裏に処方を書いて、薬袋がカルテの役割をしていたらしいですね。葛根湯は当時そう書くと一般の人もよく知っていたので、ナンダ葛根湯か云われるので、葛根湯に限って本方と書いたそうです。
大塚:‥‥‥‥。患者の話によると、中川さんという人は患者によく一喝を喰らわせたそうですが、怒鳴ったシリからニヤッと笑ったりして、なかなか稚気もあり、さっぱりして怒られても一向に気にならんと云ってましたね。

不便ではありましたがノドカな時代だったようです。