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第269回 忙酔敬語 本治と標治

東洋医学には日本漢方、中医、韓医と様々な考え方があります。さらに日本漢方でも後世方、古方派に別れたり合体したりして、一枚岩ではありません。それぞれの学派についてまじめに勉強する先生もいますが、私は適当に諸派の良いとこ取りをしています。
名古屋で産婦人科を開業をしていらした故今泉 清先生は諸派に通じた大変な勉強家で、私をけっこう可愛がってくださいました。
平成13年の産婦人科漢方研究会で「痔疾に対する五虎湯エキス剤の使用経験」という演題で発表したおりのこと。
五虎湯はもともと激しい咳に使用される薬です。私が愛読している中医学と称するテキストに「痔の腫脹や疼痛にも著効を示す」と記載されていたので、10例の妊婦さんや褥婦産に試したところ、本当に8例の患者さんに効きました。どうして効くのか?
講演で抗炎症作用があるからだろうと締めくくったところ、一番前に座っていた年輩の先生が手を挙げてコメントしてくださいました。今泉先生でした。
「大腸と肺は表裏の関係にあるから効果があるのです。そもそも中医学では五虎湯が痔疾に効くなんて言っていません。日本の大塚敬節先生が述べられたことです」
私の浅学がモロに暴露されました。講演を終えた私は壇上から降りると今泉先生のところに言って、
「ご教示いただきありがとうございました」と礼を述べました。
後日、今泉先生から分厚い封書が送られてきました。
「先生のように私がコメントした後にお礼に来られた方は初めてで驚きました。文献を同封しますので参考にしてください」
大塚敬節先生が痔疾について書かれた論文のコピーが、そのまま学会誌の参考文献として使える形式で3部入っていました。
その後、学会でお会いするたびに漢方のポイントを教えてくださいました。
最後に先生にお目にかかったのは日本東洋医学会で先生が月経前症候群についての症例報告をしたときでした。先生は加味逍遥散と桃核承気湯などを組み合わせていろいろな工夫をされていました。当時、月経前症候群の治療で苓桂朮甘湯が効いたので自信を深めていた私はよせばいいのに、
「苓桂朮甘湯はどうなんでしょうか?」と質問してしまいました。
「苓桂朮甘湯の処方は単なる標治で、本治ではありません」と切って捨てられました。
標治とは単に表面上に現れている症状に対する対症療法で、体質そのものを改善する本治が大切だとのこと。本当は素直でない私は、そんな面倒くさいことをしなくても治れば良いじゃないかと思いました。また恥ずかしながら不勉強で「標治」を表面的に対処するので「表治」と勘違いしていました。最近になって今泉先生に負けない勉強家の津村先生に「標治」と教わりました。
さて「本治」について。患者さんの背景にはいろいろなストレスがあります。それを改善するのが真の「本治」だと思います。食事の改善、睡眠などの生活指導、要するに生活習慣病の予防です。また、職場不適応や家族間の問題等々。この辺を改善しなければいくら漢方を工夫しても「本治」にはならないとしぶとく考えています。