院長ブログ カーブ

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第261回 忙酔敬語 落としたのか落ちたのか?

当院の外来助産師Sさんは天然キャラで、気の毒にも私のイジクリの対象になっています。先日も妊婦さんに、
「今度の戌(いぬ)の日はいつですか?」と訊かれ、
「ちょっと待ってください、調べてみますから」と席をはずしてカレンダーを見に行きました。そして帰って来た答えが
「残念ですが、3月まで戌の日はありません」
久しぶりに腹を抱えて笑いました。戌の日は十二支の11番目ですから12日に1回は必ず巡って来ます。カレンダーのどこを見ていたのでしょうかねえ。
「俺、パワハラしてないよね?」と確認してみると、
「ハイ、してません」と笑顔で答えてくれましたが、目は笑ってなかったみたい。ほどほどにしないといけませんね。
内診台での診察のとき、
「ちょっと消毒するからイソジン綿球を取って」と手を後ろに差し出したところ、手渡しそびれてポタリと綿球が床に落ちました。そして彼女は言いました。
「落ちてしまいました」
私のかっこうのイジクリの場面となりました。
「落としたのか落ちたのか?」
「‥‥‥‥?」。とっさの突っ込みに何のことやら理解できなかった様子。
「綿球は勝手に落ちたのかい、どうなんだ?」
実にイヤな言い方ですね。別に責めているわけではなく単にからかっただけです。
「すいません、私が落としました」
この質問にはワケがあります。
平成12年頃、スペンサー・ジョンソン著、門田美鈴訳『チーズはどこへ消えた?』という小さな人生相談的な本が大ベストセラーになりました。内容はどうってことはないのですが、私が気になったのは原題名の『Who Moved My Cheese?』。
責任の所在があきらかですね。それに対して和訳はあいまいです。別に訳者の門田さんを責めているのではありません。和訳は名訳だと思います。「誰が私のチーズを持って行ったのか?」ではまどろっこしくて日本人にはしっくりしません。
一昨年に話題になったジェリー・トナー著、橘明美訳『奴隷のしつけ方』の原題は『How to Manage Your Slaves』でした。直訳すれば「あなたの奴隷の管理法」ですが橘さんの日本語の方がピンときます。
このように英語では鞄ひとつとっても、a bag, the bag, my bag, your bag などいちいち立場や所有者を銘記しなければならないので面倒です。
しかし、実際に英語圏の人とのおつきあいを考えると面倒くさいとは言ってられません。とくに国際的な問題について検討するとなると日本語の曖昧さが危うく思えてなりません。領土問題についても「私の」だか「あなたの」だかがはっきりしないと大変なことになりそうです。同じ日本語でも関西になるともっと曖昧になります。とくに京都弁の表現には裏があるので国際的な問題に絶対に使ってはなりません。