院長ブログ カーブ

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第221回 忙酔敬語 理学的検査と補助診断

囲碁の世界チャンピオンがスーパーコンピューターに負けたと騒がれましたが、こんな事、日常茶飯事で大した問題ではありません。当院の当直や土曜日の外来をお願いしているしているお産の神様、山本先生は、三段設定のパソコン相手に囲碁をするのを楽しみにしていますが、勝率3割。この程度でご満悦です。コンピューターをより強力に発展させれば人間に勝つのは当然のなり行きです。
医学の世界でも診断機器が人間に取って代わって幾十年。今や患者さんの顔も見ないでパソコンの画面だけ見て診療する医者が増えていて嘆かわしい、と取りざたされています。
私が学生のときに習った内科学では、患者さんを診察する際、最初に行われるのが理学的検査でした。医師が実際に患者さんに触れて行う検査で、触診、聴診、打診など。昔の名医は問診と理学的検査だけで9割くらい診断できました。というか、診断せざるを得ませんでした。
第二内科のカルテには脈診の項目が多岐にわたっており、東洋医学の脈診にけしてひけをとりませんでした。手首の動脈を注意深く触診して、動脈硬化や血圧までも判断しなければ教授に怒られました。
他の教授達も神業の持ち主でした。まだ、レントゲン写真が普及していない時代、第三内科の教授は打診で「肺に直径5㎝の空洞がある」と診断し、実際に胸部外科で手術をしてみたら、本当にそんな所見があったそうです。
黒澤明監督の『酔いどれ天使』(1948年)で、志村喬演じる老医師が、まだ初々しい久我美子さん演じる結核の女子高生の持ってきたレントゲン写真を見て、「ほう、良くなったねえ」とニッコリと笑うシーンがありました。当時はレントゲン写真は大病院に依頼しなければ撮れなかったようです。まさに補助診断でした。
最近は、補助診断が理学的診断を凌駕する時代となりました。大病院では問診の後、血液検査、CT,MRIなどが終了してから医師のお出ましとなるケースが増えています。それで異常が見つからなければ「何でもありません」で終了。
日本心身医学会北海道支部の学術講演会で、日本心療内科学会理事長の中井吉英先生が特別講演をされました。よく誤解されますが、心身症とは心の病気ではなく体の病気です。けして特別な病気はありません。中井先生の講演は、この基本的な所を再確認して、医師がみずから自分の手で診察する重要性を強調されていました。動悸を訴えても、原因不明とされてあちこちの病院を転々としていた患者さんが、先生の聴診を受けたとき、「初めて聴診を受けました」と感激されたそうです。医師のシンボルであった聴診器がないがしろになったのです。実際に先生ご自身が診察している動画が流れました。こんな風に先生に触れられていること自体が、診断にも治療にもなるんだな、認識を新たにしました。
そういえば大学病院にいた頃、産婦人科の先輩が肝炎で第一内科に入院しました。当時の教授は名医の誉れ高い和田武雄先生。総回診の時は実際に患者さんの腹診をされていました。先輩はけっこう辛口で有名でしたが、「和田教授に腹を押されたときはグッと、こう、ありがたかったぞ」と感心しきりでした。
以来、私も腹痛を訴える患者さんが受診したときは、まず、その場で立ってもらって痛い部分を確認し、それから腹診や内診に移るように心がけています。