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第22回 忙酔敬語 お産のときの医者の仕事

「先生、ありがとうございました」。無事にお産を終えたとき、ご家族からお礼の言葉をいただくたびに私はちょっと複雑な気持ちになります。「自分はただお産に立ち会っただけで、実際に何時間も、ときには『私、もうダメです』とくじけそうになる産婦さんを励ましながら頑張ったのは助産師なんだけどな」と思うからです。原則的に会陰切開はなしで、傷ができたときはチョコッと縫うだけで終わるのがほとんどです。
産科医が活躍するのはお産が順調にいかないときです。陣痛か弱く、また、赤ちゃんも余裕がないときは、必要なら会陰切開をして吸引分娩をします。お産まで時間がかかりそうで、赤ちゃんや母体が危険なときは帝王切開をします。それまでは助産師が頑張り、助産師の判断でわれわれ産科医が登場するわけです。司令塔は助産師です。ですから私は常々「バカと医者は使いようだよ」とスタッフに言っています。
こんな風に言えるのは、私が第2回の忙酔敬語「毛利敬親」でも述べたように当院のスタッフを信頼しているからです。当院が開院したころは助産師の人数も少なく、夜間に産婦さんが陣痛で受診するたびに医者が診察してその後の方針を決めていました。お産のときはもちろん呼ばれるので、けっこうしんどかったです。平成11年になると助産師から「夜間の入院の判断は自分たちに任せてください」と言われるようになりました。また、アロマセラピーやフリースタイル、それに助産師外来も助産師のリードでスタートしました。私も郷久理事長もただ「それは良いねえ」と言っただけです。
陣痛を強化する必要があるときは「陣痛を強化する指示をください」とか、産婦さんが疲れているときは「休ませるための指示をください」と、助産師から医師への疎通は必ず実行されています。お腹の赤ちゃんの状態が悪そうなときも必ず連絡が入ります。助産師が独走しているわけではなく、チームプレーでやっています。
私が産科医になったころは、分娩の進行を確認するために1時間毎に内診したりして熱心な医者と評価されたこともありましたが、今から考えればやり過ぎでした。ゆったりと経過観察するだけで十分だったと思います。とにかくお産は危険なので早くすましてしまうのがベストとされていました。したがって必要もないのに陣痛促進剤を点滴して、かえって赤ちゃんが苦しくなり、会陰切開をしてお母さんのお腹を押したり、ときには帝王切開をすることもたびたびありました。赤ちゃんはクッタリとして産まれて来るのがふつうで、今のように顔を出した時点で泣き出すということはマレでした。そして自分は頑張ったと自己満足していました。
その後、小児科サイドからの研究で早い分娩が必ずしも元気な赤ちゃんを生み出すわけではないことが分かり、昔のようにゆったりとしたお産が見直されるようになりました。医師主体のお産から助産師主体のお産にもどったのです。産科医はラクになりましたが、司令塔の助産師が不勉強なら危険です。その点、当院では定期的に勉強会を行っており頼もしいかぎりです。もちろん、産科医もそうした助産師の期待にそえるように判断力と体力を維持しなければならないと自戒しています。