院長ブログ カーブ

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第218回 忙酔敬語 昔の人は偉かったか?

よく、「昔の人は偉かった」と言われていますが本当にそうでしょうか?
十年以上にもなるでしょうか、医学雑誌『周産期医学』に「昔の母は偉かったか?」というような論文ともエッセイともつかない文章が掲載されていました。今、現在、活躍されている人たちの母は偉かっただろうが、そうでもない母に育てられた子は早死にしたり、たとえ生き延びても大した出世もしないので「私の母は偉かった」と書き残すことも出来なかったという内容でした。まさに目から鱗でした。
そう言えば、古典落語の『子別れ』のオチが「子は鎹(かすがい)か、どおりでオイラのこと、トンカチで打つって言ってたんだ」で、笑う気にもなれず、何だかイヤな感じがしたものです。こんな親に育てられたら子供もさぞ迷惑だろうなあ。可哀想に‥‥。落語に登場する人物に偉い人はいません。ほとんどが一般市民か落ちこぼれ。りっぱな親はほとんど出てきません。
今、語られている歴史は勝者の歴史です。負けてしまった人についてはほとんど記録がないので実証することが困難です。敗者、とくに滅ぼされた人たちは言い訳のしようもなく、大抵、悪者あつかいにされてしまいます。昔の人には敗者もいたわけですから、ますます昔の人は偉かったとは言えなくなります。
歴史上の人物で人気ベストスリーに織田信長が入っています。私としては、比叡山焼き討ち、長島一向一揆の征伐などの大量殺戮は狂気の沙汰としか思えません。こんな人が現在の政治を握っていたら大変なことになります。信長は結局は殺されますが、ほとんどが勝者としての人生で、さらに時代が近世で、継承者がキラキラ好きの豊臣秀吉なので記録もけっこう残っていて英雄として扱われます。
「最近の若いモンはダメだ」という言葉は五千年前の古代エジプトの遺跡の象形文字にも現されているそうで、今に始まったことではないようです。
私は逆に、今の若いモンは大したものだと思っています。テレビなどの普及で報道慣れしているのも一因としてあげられるのかもしれませんが、マイクをふられてもひるみません。もっともひるんだら絵にならないのでカットされるでしょうが、大したものです。
私なぞは若い時分は社交不安障害といってもいいほどの上がり症で、初めての学会発表の日は、患者さんに「今日の先生はヘンだよ。何かあるの?」と悟られるほどブルっていました。今の人は学生さんでも発表内容はともかく、質問しても「ご質問ありがとうございます」などとシャーシャーとしたものです。別にモンクをたれているわけではありませんよ。うらやましいと思っているだけです。
プレゼンテーションも上手で、当院での母親教室でも、若手の助産師さんがニコニコしながらお母さん方を指導しているのを見て、何であんなにリラックスできるんだろうと、嫉妬さえ覚えました。それにひきかえ、私は十年以上前までは、母親教室でさえ、上がって顔が引きつり喋りもカミカミになっていました。
昔の医者は偉そうにしていました。『白い巨塔』がその典型。私が学生だった頃の大学の教授は本当にあんな風に大勢の医局員を引き連れて総回診を行っていました。
今の大学の先生たちは謙虚で親切です。ですから、大学病院へ紹介する際には、「怖い先生はいませんからね」と患者さんに説明しています。今の教授はエライ!!