佐野理事長ブログ カーブ

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第217回 忙酔敬語 排膿散及湯

漢方薬を処方する場合、患者さんそれぞれの体質や病状を確認しなければピッタリと効果を出すことが難しいので、東洋医学を学ぶ機会のないドクターは敬遠しがちです。
しかし、何にも考えずに処方できる薬があります。イヤ、ちょっとは考えた方が良いか‥‥‥‥。でも、ほとんど考える必要はなし。
それは排膿散及湯です。おできに効く漢方薬です。婦人科の分野では外陰部の膿瘍。下着が擦れた部分からばい菌が入って化膿することがあります。太股のつけ根や小陰唇の先っぽによくできます。
下着をつけていなくてもなることがあり、『今昔物語』に、女性のおすそのおできを治療した医者が、治療費をもらわないで逃げられたという間抜けな話が書かれていました。
こうした場合はふつうは切開して膿を出して抗生物質を処方します。でも、
「えっ、切るんですか!? ちょっと待ってください」と恐れおののく患者さんもいます。
そんなときが排膿散及湯の出番です。飲んで2,3日もたつとおできが自然に破れて膿が出てきます。もう少しで破れるんだけどなあ、という場合が一番よく効きます。痛みがなく破れます。おできが小さく化膿した部分が少なければ破れもせずに回復することもあります。
顔の化膿したニキビにも効きます。ただし化膿が不十分でニキビが顔全体に広がっている場合は十味敗毒湯など別の処方になることもあります。この辺になるとちょっと考えなければならなくなります。
化膿したニキビで排膿散及湯がうまく効いた場合、2,3日後に顔中から膿が吹き出て患者さんがビックリすることがあります。あまりにもビックリして「きゃあ、大変なことになった!」と途中でやめてしまう人もいます。説明不足でした。そりゃあビックリするでしょうね。
東洋医学で「瞑眩」という用語があります。治療を始めて一時的に状態が悪化したような場合をさします。間違って治療しても「瞑眩だ」と居直る治療者もいますが、本当の瞑眩は排膿散及湯で膿が出てきたように明らかに効果が現れた証拠で、けっして悪化ではありません。風邪で葛根湯を飲んで熱が下がる前にちょっと熱が上がって汗をかくのも瞑眩と言ってよいでしょう。
釧路で皮膚科を開業している松田三千雄先生は排膿散及湯の使い手で、牛の乳腺炎を排膿散及湯で治したそうです。牛に抗生物質を投与すると、牛乳から抗生物質が検出されなくなるまで出荷できないので、排膿散及湯の方がコストがかからなくてすむとのことです。
このように排膿散及湯は抗生物質のような働きがあります。抗生物質は対象となる菌によっては耐性菌といって効かない場合がありますが、排膿散及湯はそんな心配はありません。また、抗生物質を飲み続けると腸内細菌に影響が出て下痢をしたり、膣の常在菌が破綻してカンジダ膣炎になったりすることがありますが、排膿散及湯はそんな心配はありません。
ただし、すべての感染症に排膿散及湯が効くわけではありません。あくまでも原則は破裂寸前のおできです。熱など出たら抗生物質が必要です。基本は現代医学です。