院長ブログ カーブ

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第205回 忙酔敬語 器械と機械

内診台の患者さんに腟鏡診をしようとしたところ、助産師Sさんが言いました。
「器械を入れます」
患者さんはピクンと反応しました。私はカーテンを開けて患者さんの顔を見てクスコ-腟鏡を見せながら説明しました。
「ブルドーザーでも入れられるかと思ったんですね。大丈夫、これも我々の業界用語で『キカイ』と言うんですよ。字は違いますけどね」
Sさんは今年の春から当院に来てくれたベテラン助産師。真面目ですが天然なところがあり私を和ませてくれます。他のスタッフは「ちょっと診察します」と声をかけます。本来は医師が言うべきなのですが、「さて、どうしたもんか?」と考えながら診察するとき、つい黙ったままやってしまうことがあるので声がけをしてくれるのです。
私も大学の産婦人科に入局した当時は、このような医療器具を総じて器械と言うことを知らず、先輩の先生が新米の看護師さんに「器械の渡し方がマズイ!」と注意しているのを聞いて、「ずいぶんとたいそうなことを言うなあ」と異和感を覚えました。その他、手術に使うリスター鉗子、コッヘル鉗子、ハサミ(剪刀)のクーパー剪刀、メーヨー剪刀等々。ちなみに手術時、執刀医に器械を渡す係の看護師を「器械出し」と言います。
器械は器具と言ってもいいでしょう。機械は動力附きの大型の装置。患者さんが「何をされるのか」と恐怖を抱いたのも無理かならぬことです。私はいまだに器械という言葉に馴染めず、自分から器械と言うことはメッタにありません。だいたい日本語の専門用語は同音異義語が多すぎる。さんか(産科、参加、酸化、・・・)、いし(医師、意志、縊死、・・・)、せいしょく(生殖、聖職、生食、・・・)、きかん(器官、気管、期間・・・)、この作業、ただ入力した言葉を変換するだけなのでとてもラクです。最近、先ほどのSさんが「じょがい」と言っていたので何かと思ったら「助産外来」のこと。「じょがい」は他には「除外」しかありませんが、このように気をゆるしているうちに、だんだん同音異義語が増えそうです。しかし、どれも大和言葉で短く表現するのは難しいのでしかたありません。
大和言葉がまどろっこしいのに比べて中国語は簡潔明瞭です。地下鉄のホームの注意書きを見ても「ご注意ください」(注意はすでに大和言葉ではないけれど)に対して中国語の表記は「小心」の2文字です。国際線の空港の案内板を見ると、フランス語は発音しないアルファベットも表示するので断然長い。中国語はその半分くらいの長さです。フランス語は日本語による表記よりも長く、たとえば「ボジョレー・ヌヴォー」が「BEAUJOLAIS NOUVEAU」。何だかめまいがしてきませんか? でも見た目の長さは同じくらいか・・・。漢字は本来、音を現すのが目的ではなく、アルファベットで表記する言語の単語に相当します。漢字を覚えるのは大変かと思いきや単語を覚えるのと変わりないし、漢字そのものが存在感があるので、けっこう便利です。同音異義語も読むだけなら悪くありません。さらに高島俊男先生によると中国語でもかなり微妙な表現が出来るそうです。「三言」という小説集のなかで、「我要嫁你」と言うセリフが出てきます。日本語では「私をお嫁にもらって!」ですが、もっと思いつめた言い方らしい。‥‥‥‥‥‥‥。
こんな愚にもつかないことを書いているうちに年も押し迫ってきました。来年も(こそ)良い年でありますように。