佐野理事長ブログ カーブ

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第191回 忙酔敬語 更年期は過ぎたのに

七十を過ぎた女性が待合室のソファーに寝そべっていました。近くの産婦人科医院で更年期治療薬のホルモン剤の注射を打ってもらっていたのに、その診療所が閉院となったためホルモン切れでダウンしたのです。
現在、ホルモン補充療法は基本的に経皮投与か経口投与が中心で、とくにパッチやジェルといった経皮投与は肝臓にも負担がかからないため推奨されています。女性・男性ホルモン配合剤の注射(プリモジアン・デポー、ボセルモン・デポーなど)のことは、ほとんど触れられることはなく、若い産婦人科医はその存在すら知らないかもしれません。どうして無視されるようになったかというと、依存性が高く血栓症や肝障害の発症率が他の方法よりも高いためです。しかし、実に良く効きます。だから依存してしまうので、この女性のようにいつまでたっても止められなくなるケースが多々あります。
「今さら更年期でもないのにね」とお互いに苦笑いしながら、とりあえずプリモジアン・デポーを1本筋注しました。すると30分もしないうちにシャキッと元気になりました。注射のせいか気のせいか? 多分、両方でしょう。
確かに七十を過ぎて更年期障害という病名をつけることはできませんが、この注射には骨粗鬆症の適応もあり、医療上はこの年齢でも投与可能です。
デポー剤の注射は持続性があり、2~4週間毎で十分に効果を発揮します。しかし、効果が切れると途端にホットフラッシュなどの異常事態が発生して、フラフラしながら注射を求めて受診することになります。むかし、大学病院から小樽の病院へ月間出張をしていたとき、1日に何人もの患者さんが、たおれるようにフラフラしながら診察室に入って来て、そのたびに大先輩のK先生は、笑いながら「ハイ、注射あー」と口頭で指示を出し、看護師さんに注射された患者さんは、満足してそそくさと帰って行きました。
当院でも先ほどとは別の七十過ぎの患者さんが、なかなかプリモジアン・デポーをやめられず、月に1回以上も打ちに来ていましたが、脳梗塞になったため中止しました。原因は注射だけではないかもしれませんが後味の悪い思いをしました。
最近は、昭和31年から承認されたプラセンタの注射、メルスモンが再評価され、広く使われるようになりました。なかには三日にあげず注射を受けに来る患者さんもいて、依存性がないとは言い切れませんが、注射そのものによる副作用はほとんど報告されていません。ただし、適応は更年期障害と産後の乳汁分泌不全のみなので、高齢の女性では保険の適応外になります。
なんだかんだで、この数年間、当院ではプリモジアン・デポーは使われていません。それまで注射していた患者さんにも副作用について十分に説明して、徐々に経皮薬やメルスモンに切りかえ、ホルモン注射を打ちきることに成功しています。入荷注文もしていないので、このブログを読んで希望されて来てもダメでしょうね。
では更年期を過ぎてもホットフラッシュといったホルモン失調症で悩む女性はどうしたら良いのでしょう? 更年期以外の病名(骨粗鬆症など)で注射以外のホルモン剤も使えます。しかし、乳癌のために治療中の女性に対しては、ホルモン補充療法は再発させる可能性があるので禁忌です。そこで登場するのが漢方薬です。まあ、最初から登場しても良かったのですが、ホルモンを中心に説明してきたので、今回はこれでおしまいとします。