院長ブログ カーブ

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第19回 忙酔敬語 虫たちの活躍

70歳代の疲れはてた顔をした小柄な女性が、ボロボロの状態で受診しました。10年ほど前から下腹部痛のため市内の産婦人科や内科を転々と訪れたのですが、どこでも検査は異常はないといわれ、痛みはますます強くなるばかりだと言うのです。見かけは暗い表情をしていましたが、うつ病特有の不眠や死にたい気持ちはないと言います。診察すると骨盤内に広い範囲で強い痛みがあるのを確認しました。「必ず良くなりますよ」と言って桂枝茯苓丸を7日分処方しましたが、いっこうに良くなりません。入院治療を希望されましたが、過度の安静はかえって血液の巡りを悪くするので通院で治療するように説明しました。そしてふつうは弱っている人には使われない強力な通導散を処方しました。通導散は、保険の利く「お血」を取り除く作用のある漢方の中で、最も強力な方剤です。下痢で体が衰弱するのではないかと心配しましたが、これでも焼け石に水だったようです。そこで植物性の生薬の中で最も活血作用のあるサフランを加えましたがやはりダメでした。
当院の院外処方を扱ってくれている「はるにれ薬局」には漢方大好きな薬剤師さんがいて、大黄しゃ虫丸という薬を手に入れてくれました。「しゃ虫」とはゴキブリのことで、「しゃ」は「庶」の下に「虫」という字を入れるのですが、私のワープロでは書けません。大黄しゃ虫丸には大黄やゴキブリの他に虻や蛭といった虫たちも入っています。植物性の生薬は血液をサラサラにする「活血作用」がありますが効果には限界があります。ドロドロで詰まりかけた血液には「破血作用」のある生薬が必要です。通導散に含まれている紅花や先ほど述べたサフランにも「破血作用」はありますが、さらに強力なのが虫たちです。
この女性に大黄しゃ虫を処方したところ、2週間後には晴々とした顔で受診されました。痛みが大分ラクになったのです。さらに1か月後にはきれいなスカーフを身につけて見違えるように若々しくなりました。5か月後には痛みはまったくなくなり治療は終了しました。病気には何らかの原因があります。この患者さんにも食生活などいろいろな問題があったのかもしれませんが、確認しないで終わってしまったのが今となっては悔やまれます。 大黄しゃ中丸はその後も多くの患者さんに処方して重宝しましたが、残念なことに製造が中止となりました。しかし、抵当湯という大黄しゃ虫丸を簡略化した台湾製のエキス剤があり、現在はこれを処方しています。抵当湯は大黄、桃仁といった植物性の生薬と虻と蛭で構成されていてゴキブリは入っていません。保険は利きませんが、1回1gを1日に3回、30日分で4000円ちょっとです。テレビで宣伝されている効果の定かでない健康食品と比較して考えるとそれほど高くはありません。
破血作用のある虫以外でも、虫たちは活躍しています。消風散という痒みをともなう湿疹に使われる漢方薬には蝉の抜け殻が入っています。ミミズを乾燥させた生薬は地竜といって解熱作用があります。インフルエンザの患者さんには麻黄湯や葛根湯などを処方していますが、地竜を加えることで穏やかに熱を下げます。タミフルよりも良く効きますよ。