院長ブログ カーブ

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第188回 忙酔敬語 まだ死にたくありません! 

七十歳近い女性がご主人につきそわれて受診しました。問診票を見ると、今年の春に外科手術をして以来、なにもかにもが恐ろしくなり、一人で外出することもままならず、動悸で息苦しくなり2回も救急車のお世話になり、行き着いた先の病院での検査では何の異常もなく、途方にくれているようでした。典型的なPTSD(外傷後ストレス症候群)だな、と思いました。
昨今、うつ病の多い時代なので、更年期障害でも心に問題のありそうな患者さんには、私は予診の段階で軽症うつ病の自己診断シートに記入してもらっています(郷久理事長は別の問診票を使っています)。くわしい検査だと時間がかかり患者さんの負担になるので、一番簡単な東邦大方式のSRQ-Dを採用しています。16点以上が軽症うつ病の疑いありです。わりと妥当な検査で、面接していて、うつ病かな、どうかな、と迷うときは15、6点です。この患者さんは何と23点、点数から判断すると、うつ病の範疇です。
ここでちょっと待った。PTSDが続いていると、うつ状態になります。しかし、PTSDとうつ病は違う病気です。うつ病は生きる気力がなくなるので、ほとんどの患者さんは、いっそのこと死んだ方がマシだ、と思うようになります。PTSDの方は、パニック症の患者さんによく似た心理状態で、死に対する恐怖があります。
私はうつ病の疑いのある患者さんにはザックリと、
「生きていること自体、ツライでしょうね。いっそ死んでしまいたいとは思いませんか?」と単刀直入に訊きます。デリカシーのない質問と思われるかもしれませんが、患者さんは人に言えなかった心の内面が分かってくれたとホッとして、その後の治療が順調に進むケースが多いようです。
この患者さんは、2回も救急車に運ばれたことから死にたくはなさそうです。
「失礼ですが、きっと死ぬのが怖いんでしょうね?」
「はい、まだ死にたくありません!」
「あと三十年は死なせませんから大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
この段階でお礼を言われてしまいました。ご主人も安心した様子。診療はある意味でハッタリですね。
PTSDの治療は、本来、心理士も含めたカウンセリングが主体となりますが、薬物療法はパニック症とほとんど同じ処方をします。いわゆるSSRIを中心とした内容です。この薬物療法は、パニック症の第一人者、貝谷久宣先生から伝授されました。2,3回かけて薬の量を加減する必要がありますが、中には最初の一発目で、「もっと早く薬を飲んでいれば良かった、今までガマンして損をした」と喜ばれることもあります。具体的には手始めとして、デプロメール(ルボックス)、ドグマチール、メイラックスの3剤を夕食前に1回、不安になりそうなときにワイパックスを1錠頓服してもらいます。
患者さんはすでにこれに近い処方をされていました。あとは薬の調整だけ。さいわいにも一週間後の来院時にはハッタリが効いたのか薬が効いたのか、明るい表情をされていてご主人もニコニコしていました。しかし、まだワイパックスを必要としているとのこと。今後もじっくりと薬の量を加減することにしました。