院長ブログ カーブ

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第177回 忙酔敬語 平均寿命に貢献しているのは産科医療である

平均寿命とは生まれたばかりの赤ちゃんの平均余命です。ですから80歳の女性が平均寿命の86.6歳から80引いて「あと6年しか生きられない」と言うのは間違い。80歳の女性の平均余命は11.7年で、100歳でも2年くらい。そう簡単には死なせてもらえません。
生まれ来る赤ちゃんに対応するのが我々産科医や助産師など産科医療にたずさわる面々です。この辺がしっかりしていないと赤ちゃんの平均余命、すなわち平均寿命に大きく影響することになります。
北見赤十字病院にいたとき、院内の周産期の勉強会で、小児科のM先生が「今生まれようとしている赤ちゃんにとって、優秀な小児科医が待機しているより優秀な産科医に管理されている方がはるかに幸せなことです」と言われました。とても痛い言葉でした。
M先生は北大にいたとき400gの超未熟児を救命したチームのメンバーでした。また、当時産科の助教授だったF先生の羊を使った実験の手伝いなどをして、「門前の小僧習わぬ経を読むで、産科のことはたいてい分かっています」と、初対面の私たちに凄みをきかせました。実際、無理な誘発分娩をして仮死になった赤ちゃんの蘇生後、「あんなお産をさせて」と、臍帯血のガス分析のデーターを放ってよこしました。こわかったなあ。
M先生は大変な勉強家で、世界的に有名な医学雑誌『The Lancet』を購読しており、「妊娠中毒症の治療に低用量のアスピリンが良いようですよ」と教えてくれたりしました。この方法、30年前の日本では知られていず、最近になってまた話題にのぼるようになりました。まだ、『ガイドライン』には載っていませんが、前回のお産で妊娠高血圧になった何人かのお母さんに初期から飲んでもらうと、本当に安定した経過をたどっています。
名誉なことにM先生は私のことを評価してくれ、北見を去るにあたって家族ぐるみで送別会をしていただきました。このように産科と小児科がなかよく一体となって周産期医療にたずさわれるのは幸せなことです。
大学在中に道南の道立江差病院に1年間出張に行ったときのことでした。同期の小児科医と鉢合わせになりました。再会を祝して飲んだところ、酒癖の悪い男で、「産科医はどうしようもない赤ちゃんを回してくる」とさんざん文句をたれました。半年後、懲りずにまた飲んだところ、「いやあ、佐野君を見直したよ。ここに来てから納得のいかない赤ちゃんを診ることは一度もなかった」。この言葉はいまだに私の宝になっています。
ご存じのように日本は世界に冠たる長寿国です。それをさらに更新すべく、厚労省は老年医療やがん対策に力を注いでいます。移植手術もさかんに行われるようになりました。ゴッドハンドと呼ばれる医師も活躍しています。
ここで「ちょっと待った!」です。確かにこうした医療も大事でしょうが、日常的に行われていますが、気を抜くと命にかかわる診療科があります。そう、産科です。産科でゴッドハンドが活躍することはめったにありません。あったとしたらかなりヤバイ状況です。当たり前のことを当たり前に行うことで、多くの母児の生命を助けることができるのです。しかし、この当たり前が難しい。いつ当たり前が当たり前ではなくなるか予想困難なことが少なからずあるからです。そのため、若い医師が産科を敬遠する傾向にあります。
若い医師に言いたい。君たちは何のために医師を志したのか? 人の命や健康に貢献したいからでしょう。だったら一番手っ取り早いのが産科なのです。