佐野理事長ブログ カーブ

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第158回 忙酔敬語 プラセボと治療的自己

プラセボとは偽薬のことです。薬としての作用はなくニセの薬です。何のために使われるかというと、だいたい、以下の3つのパターンです。

1.まさに患者さんをだますため。昔、痛み止めの注射(麻薬)に依存していると思われる末期癌の患者さんに生理食塩水を注射していたことがありました。確かに効くこともありましたが今思えばひどいことをしたもんです。21世紀に入ってからは、WHOの末期癌の疼痛からの解放というスローガンのもと、疼痛の緩和に関してのガイドラインが確立したため、こんな非人道的なことはなくなりました。
2.低用量ピルを間違いなく服用するため。ほとんどのピルは21日間の服用と7日間の休薬で28日をもって1クールとしています。自主的に7日間休薬できる人なら問題はありませんが、いったい何日休んだか分からなくなることもあります。そこで7日間のプラセボが必要となるのです。ですから別に飲まないですててもかまいません。
3.新薬を開発する際、その効果の確認のために使用されます。理論的には薬理作用はありませんが、プラセボ効果と言って心理的な威力を発揮するのでバカにできません。
一般にプラセボと言えば、このケースを意味します。

二十年近く前、過活動性膀胱の薬であるデトルシトールとベシケアが発売されました。いわゆる尿失禁の薬です。製薬会社の営業マンによると、両方ともプラセボの効果が50%なのに比べて、70%の効果があるとのことでした。こんなデーターでよくもまあ発売する気になったもんだと呆れましたが、実際に使ってみると、「効いた!」という患者さんがほとんどで、逆に控えめなデーターだなあと感心しました。ひょっとしたら薬の効果にオレ自身のプラセボ効果が加わったのかな?とふと思いました。思い上がりかしら‥。
かんがみるに、同じ薬を使っても医者によって効く場合と効かない場合があるのは昔から知られていました。漢方の大家の弟子が師匠に訊ねます。
「どうして私の処方が効かないのでしょうか?」
「お前が処方したからじゃ」
東京女子医大精神科の坂元 薫教授は自称「日本で一番明るい精神科医」で、その講演の楽しさたるや学問と経験で裏打ちされているので、そんじょそこらのタレントの比ではありません。坂元先生によると同じ治療をしても担当医によって効果はあきらかに違うそうです。しかし、そのデーターは医師のプライベートな問題になるので引き出しの中に重要機密として保管しているとのこと。ちなみにご自身の効果は教室で3番目だそうです。 『漢方の臨床』(第61巻・第11号)の巻頭言で、溝辺宏毅先生は、「一部の医師はプラセボ効果を馬鹿にしているが、薬を使わずに治療する心理療法の大家のことは誰もプラセボが上手な人とは言わないだろう」と、医師患者関係の重要性を熱く語っていました。実は今回の話題を取り上げたのは、この文を読んだのがきっかけでした。
最近、心身医学会でも、治療的自己(治療的自我)を築くためにどうしたら良いかと盛んに議論されるようになりました。そんなに難しい言い方をしなくても、一言で言えば、医者に向いているかどうかということだと思うのですがね。