院長ブログ カーブ

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第139回 忙酔敬語 大塚敬節先生は名医です

唐突なタイトルで面食われたでしょうが、前回の話題の補足というか言い訳というか反省というか、色々です。
実は、甘麦大棗湯について解説した大家とは大塚敬節先生のことです。私が投げかけた疑問について撤回するつもりはありませんが、名医とは言えないというニュアンスは撤回します。大塚先生は疑いもなく名医だからです。
甘麦大棗湯は、甘草、小麦、大棗(ナツメ)から成る、まるで食べ物のような処方です。これが効くときは実に効く。私の長女が赤ん坊のとき、よく夜泣きをしました。そこで甘麦大棗湯を飲ませたところ、ちょうど風邪をひいて咳をコンコンしていたにもかかわらずグッスリ寝込んでしまった。ちょっとやばかったかなと不安になるほどでした。
この薬に興味を持ったのは前回の大塚先生の解説を読んだのがきっかけでした。先生は「非常においしく飲み物のような感じのする薬」と書かれていたので、さっそくエキス剤を手に入れて飲んだところ、確かに甘くはありましたがウマくはありませんでした。昔の人にとっては「甘い」イコール「美味い」だったんでしょうね。
私が若かりし頃、中国から留学に来られた先生から甘麦大棗湯は母乳分泌作用もあると伺ったので、産後のお母さん全員に飲ませたらマタニティーブルーも防止できるし、一石二鳥だなと考えました。某漢方の製薬会社から産後の漢方薬の治験を頼まれたとき、そのアイデアを話したところ、薬価が安いためか良い顔はされず、産後回復不全という適応のある薬価の高い小柴胡湯で押し切られました。そうしたら実際に具合の悪くなったお母さんはいませんでしたが、統計をとるとアヤシゲな結果が出て、全員に飲ませるのは如何なものかと疑問を抱きました。そんなある日、漫然と小柴胡湯を飲ませられた患者さんに難治性の間質性肺炎が生じたと大々的に報道され、それ見たことかと思いました。
当時の私の思考は西洋医学的で、個々の治療を大切にする東洋医学的な発想が欠けていました。今では産後のお母さんに一律に同じ処方をするなんてことはしていません。
話が大塚先生から離れてしまいました。あの女の子が治った件ですが、私が考えるに、大塚先生の誠実な人柄が家族に希望にあたえ、ひいては治癒につながったのではないかと思います。最近、私は薬そのものの効果に疑問を持つようになりました。同じ処方をしても医師によって効く場合と効かない場合があることはよく知られています。大塚先生は「効く」医師なのです。
大塚先生は謙虚な方で、「効いた」話ばかりはしていません。帰脾湯という薬の解説では、自殺に気をつけなければいけないと警告しています。先生ご自身の経験ではありませんが、江戸時代の末から明治の始めにかけて活躍した山田椿庭という医師の『椿庭余話』という随筆を紹介しています。それによると今でいうところの「うつ病」と思われる患者に帰脾湯を飲ませたところ、井戸に飛び込んで死んでしまったというのです。5年前にパキシルによる若年者の自殺が話題になり、厚労省からも注意するようにとご沙汰がありましたが、そんなことは100年以上も前から予測していたことです。
大塚先生は漢方の普及のために各地で精力的に講演をされました。あるとき、会場から「肺炎の患者に対しては何を処方するのか?」と意地悪な質問をされました。そのときの回答が「ペニシリンGを使います」。カッコイイですね。