院長ブログ カーブ

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第138回 忙酔敬語  大家イコール名医か? 

G大学産婦人科の故I名誉教授著『産婦人科治療指針』は、最近はやりの「ガイドライン」の先駆けとなる名著でした。私の先輩にもこの本を金科玉条のごとく信仰し、何でもかんでもこのとおりに診療して、上の先生の忠告をいっさい聞き入れずに呆れられていた人がいました。確かに、産婦さんが疲れてお産が進まない場合はラボナ(今ではもっと安全な薬があります)という睡眠導入剤をどのくらい使用したら良いか、切迫早産に対してのアダラート(高血圧の薬)の裏技的使用など微に入り細に入り解説していました。
あるとき、勉強会の後の懇親会で、G大学出身のM教授に、「I教授はさぞかし臨床が出来たんでしょうね」とうかがったところ、「とんでもない! I教授には患者を診せるなと教室では言われたもんです」と意外な返事。「へえ、大家は名医とは限らないんだ」と思いました。
そう言えば漢方の世界でもしばしば疑問に感じていることがありました。
たとえば大柴胡湯。この薬は現在では、いわゆる自律神経失調症に使われますが、もともとは熱を下げるための薬です。興奮を静める作用もあるので、「まあ、頭を冷やせよな」と言いたい人に効くことがあります。比較的強い薬で早く効果が現れるため、ダラダラと長く使うことはめったにありません。
それが、ある大家の先生の治験例を読むと、高血圧の患者さんに1年使ったら良くなったとか、肩こりの婦人に2か月使ったとか書いてあるのです。漢方と言えども適切な処方をすれば、高血圧でも2,3日、早ければ1時間くらいで落ち着ちます。肩こりも、何も大柴胡湯を2か月も使わなくても他に方法がありそうです。ハリ治療などすれば一瞬に良くなります。
ちょっと書きすぎました。「高血圧でも落ち着くことがある」と訂正します。このブログを真に受けて当院に来られる方がいらしたら大変なことになりそうです。
つぎは甘麦大棗湯。別の大家が若かりしころ、10歳の女の子が瀕死の状態とのことで往診を頼まれました。家族はもうあきらめていて死亡診断書さえ書いてもらえればよいとのこと。先生も気がラクになり、余裕を持ってその子を観察しました。すると、痙攣発作の後に生あくびをする。「確か、昔の医学書に、生あくびをする患者について書いてあったぞ」と思い出して帰ってから調べたところ甘麦大棗湯のことが記載されていました。
当時は、明治政府の方針で東洋医学がすたれて漢方の暗黒時代でした。世間も漢方と言ったら信用しないので、甘麦大棗湯をまず2日分煎じてビンに入れて、内容は家族に説明しないで飲ませました。すると痙攣は日に日に減ってゆき、食事も一人で摂れるようになって、半年後には小学校へ行けるようになり治療は終了しました。
これを読むかぎり、この先生は名医ですよね。甘麦大棗湯が効いたように思いますが、ふつう、甘麦大棗湯はもっと早く結果が出ます。私は、女の子をとりまく環境などの要因が変化することで良くなったのでないかと考えています。
このように、いわゆる大家は筆まめで、うまくいった治験例を事細かに記録したので名医と言われるようになったのだと思います。そして、漢方は長く飲まなければならないという迷信も作ってしまいました。私も、こまめに駄文を書いては毎週のようにブログを更新していますが、迷医と言われないように心がけるつもりです。