院長ブログ カーブ

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第123回 忙酔敬語 お産の移り変わり

近年、多くのお産は病院で管理され、30年以上も前からはほとんどの産婦さんが分娩監視装置を装着されるようになりました。大学によっては入院してから赤ちゃんが生まれるまでずっと装着していました。赤ちゃんからの危険信号を絶対見逃さないぞという決意によるためなのですが、つけられた方はいい迷惑でした。陣痛が来るたびにベルトがお腹に食い込むので怒って自分で外してしまったお母さんもいましたが、大抵はおとなしく我慢していました。ただ今から思えば監視装置の情報を正しく理解できたかどうかは疑わしいかぎりで、熟練した産婆さんのカンの方がすぐれていた症例もありました。
平成9年でしたか鹿児島で日本母性衛生学会が開催されました。お産についてのシンポジウムで、助産院、当院程度の中規模の産院、そして大学病院といった三つの立場からの発表がありました。助産院のベテラン助産師さんはむしろ産婆さんといった方がふさわしいかたで、産婦さんが入所したらお産までずっとつきっきりでケアしていました。ある時、赤ちゃんの状態が良くないと判断して大学病院へ紹介したところ、夫から「異常はないので様子を見ると言われました」と連絡が入りました。そこで産婆さんは「今すぐ帝王切開してもらいなさい!赤ちゃんに障害があれば訴えると言って!」と励ましました。結局、ご主人の要請どおり帝王切開が行われ、クッタリとした赤ちゃんが生まれました。危ないところでした。私はどうしてこの産婆さんは赤ちゃんが危ないと分かったのだろうと不思議に思いました。今では分娩監視装置以外にも超音波で何十分も赤ちゃんの様子を観察する検査があります。要するに活発に動いていればヨシ!、クッタリしていればアブナイ!といったごく当たり前の原理です。あの産婆さんはお母さんのお腹を頻繁に触れていたので赤ちゃんが元気にけっているかどうか判断できたのでしょうね、きっと。
20年ほど前までは子宮口が全開してからは早く赤ちゃんを出した方が良いと考える産科医が大多数でした。お産が長引けば陣痛促進剤をドンドン使っていました。「オレはこんなに早く赤ちゃんを産ますことが出来たぞ」と自慢するバカもいました。破水したり予定日が過ぎたりしたらソレ誘発です。そのあげく帝王切開になった症例がたくさんいました。私がゆっくりしたお産でも大丈夫と実感したのは2000年のシドニーオリンピックの時でした。提携している助産院からお産が長引いている産婦さんが運ばれて来ました。監視装置上まったく問題はないのでとりあえず助産師さんに任せたところ、赤ちゃんの頭が半分くらい見えてきました。ふつうここで会陰切開です。助産師さんも「もう先生にハサミを入れてもらいましょう」と説得しましたが、お母さんは頑として聞き入れません。結局、その後2時間して赤ちゃんは元気に生まれました。赤ちゃんにとってはチョットきつめの帽子をかぶった程度のストレスだったのでしょう。こっちはシャッポを脱ぎました。
ここまで読むと皆さんは私が自然分娩崇拝者と思われるかもしれませんが、そんなことはありません。有名な愛知県の「お産の家」の吉村先生の主張されていることにも一理はありますが、何でも信じ込んでしまうのは危険です。「お産の家」には自然分娩を希望して全国から妊婦さんが集まりますが地元での評判は悪いそうです。吉村先生自身が言っているので誹謗中傷ではありません。訪れた妊婦さんには1時間半かけて吉村医院の方針を説明して十分に納得してもらいます。これってまさに洗脳ですね。常に科学的な考えを基盤として、安全なお産をめざして進歩しなければならないと私は考えています。