院長ブログ カーブ

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第11回 忙酔敬語 郷久門下入門

医学生のとき、6年間を通じて精神科をやりたいと思っていました。心が人間の根本であると考えていたからです。産婦人科の講義はほとんど興味はなく、ノートも6ページしか書いていないというテイタラクでした。しかし、精神科に関しては「本日は抜き打ちテストをする」と言われても7割くらいはとれる自信がありました。また、父の実家は山梨県の田舎で江戸時代から代々、医者をやっており、プライマリ・ケアにも興味がありました。父は、祖父が夜中でも急患に対応して、そのたびに起こされて手伝わされたそうです。そして、それがイヤでサラリーマンになったのですが、手先は実に器用でした。傷の手当てなども手際がよく、医者になっていたら私よりもはるかに手術がうまかったと思います。
医学部の6年目になって実習で各科を回っているうちに、プライマリ・ケアをするには外科的な技術も身につけなければならないなと考えるようになりました。講義では興味がなかった産科の実習で、健康で幸せそうなお母さんたちを見ると、産科も悪くないなと思いました。将来、あらゆる病気が克服されてもお産はなくなりません。ちなみにスターウォーズのエピソードⅢでは、医療が極限までに発達しているはずなのに、アナキン・スカイウォーカーの愛妻がお産で亡くなっています。関係ないか・・・。
そこで6年目の夏休みに、柔道部の大先輩の丸山先生(現在、五輪橋病院)に「精神科と産婦人科で迷っています」と相談したところ、「郷久というのが、札幌医大で産婦人科の心身症を研究している。たしか講師になっているから講義を聞いているはずだぞ」と教えてくれました。不幸にも、その講義はさぼっており聞いていませんでした。
夏休みが終わり、最初の講義が、郷久先生の産婦人科の心身症に関する第2回目の講義でした。「これが自分のすすむ道だ」と思いました。私の後ろに座っていた女子学生のHさんも私の肩をつついて、「これって佐野君に向いているんじゃないの」と言いました。私は「うむっ」と力強く答えて、授業が終わると郷久先生を追い、弟子入り宣言をしました。郷久先生は、多分、人見知りもあったのかもしれませんが、あまりうれしそうな反応を見せてくれなかったので、ちょっと失望しましたが、とりあえずOKしていただきました。
産婦人科は外科系なので体育会系の医者がほとんどです。精神科は反対に文化会系です。ですから当時、全国の医学部で、産婦人科で心身医学を研究している大学は、他に産業医大があるだけでした。個人的には秋田大の長谷川先生、札幌幌南病院(現在のKKR病院)の菊川先生などがいましたが、みな一匹オオカミ的な存在でした。郷久先生は当時まだ30歳代でしたが心身症研究班のリーダーでした。今思えばよく頑張っていたと思います。そして、今も頑張っています。
以来、学位論文の指導をしていただいたり、大学にいるときは心身症外来を一緒にさせていただいたりしました。あれから30年以上もたちますが、師弟の関係で開業まで一緒で、しかも16年以上も続いているというのはというのは私たちだけではないでしょうか。
郷久先生、今後ともよろしくお願いいたします。