佐野理事長ブログ カーブ

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第106回 忙酔敬語 うつ病

「いっそのこと死んでしまいたいとは思いませんか?」。うつ病らしい患者さんに必ずする質問です。ズバリ直球勝負。自殺願望がある場合は重症なので精神科へ紹介すべきであると言われていますが、うつ病は生きるための脳の電池切れ状態なので軽症でも生きる意欲は減退します。たいていの患者さんは「子供がいるので死ねません」と答えますが、裏を返すと子供がいなければ生きる気力がないということです。この質問、精神科以外の医師は避けたがりますが、とても大事なことです。「この医者は、私が死にたがっているのを理解してくれているんだ」ということで治療者に対する信頼関係ができます。
うつ病の原因は体質(気質)とストレスです。どんなにストレスがあっても鈍感力というか、うつ病にならない人もいれば、逆に些細なことが落ち込みの原因になってしまう人もいます。その辺の境界はあいまいで、はっきりとは区別はつきません。
ですから治療の原則は以下のとおりです。
1.薬などで鈍感な(あるいはタフな)体質作りをすること。
2.カウンセリングなどでストレスの少ない環境(あるいは考え方)作りをすること。
3.1と2を平行して行う。
抗うつ薬は最近、様々な薬が開発されています。ある薬をやっと使いこなせたと思っていたら、さらに新しい薬が発売されるほどです。薬によって特徴があるので、患者さんに対しても使い分けが必要です。この辺の感じ、漢方薬の処方に似た感触を覚えます。現在では、落ち込みだけだったら SNRI、不安感がともなえば SSRI というのが一般的です。不眠や食欲低下にはNaSSA が有効です。スルピリドはもともとは胃潰瘍の薬で、副効用として母乳の分泌を促進するのでマタニティーブルーに向いています。その他、昔からある三環系や四環系の薬も副作用の問題はありますが捨てたもんではありません。
軽いうつ病なら漢方薬も効きます。気力体力ともに減退した患者さんには加味帰脾湯。喉に異物感があり吐き気がする人には半夏厚朴湯。イライラして吐き気もする場合は大柴胡湯。「まあ、頭を冷やせよな」と言いたくなる人には黄連解毒湯や三黄瀉心湯。オシッコの具合がどうも気になると言う人には清心蓮子飲。月経不順で心と体を潤す必要のある女性には四物湯。ヒステリックな人には加味逍遥散。子供の夜泣きが気になるお母さんにはお子さんと一緒に抑肝散あるいは抑肝散加陳皮半夏、等々。
2の環境作りは、うつ病に限らず、あらゆる疾患の基本ですね。カウンセリングが必要な場合は心理士に入ってもらいます。職場の方に参加してもらうこともあります。もちろん家族調整も大切です。職場の理解があり、夫婦なかよしならたいてい予後良好です。
しかし、別にこちらで何をしなくても自然の成り行きで改善することもあります。3年にわたって三環系の抗うつ薬まで使っていた患者さんがパッタリ来なくなったことがありました。当院の治療に愛想をつかして転院したのならいいのですが自殺でもしたら面目ないなと心配していたら、半年後にニコニコしながら別件で受診しました。「いろんなことがあったんですね」と聞くと、「はい、いろいろありました」とニコニコ笑っていました。結婚生活がうまくいかなく離婚したらセイセイしたとのこと。したがって薬は必要なくなったのです。「治療しているときは夫婦なかよく見えたんだけどなあ」と、自分のうかつさを反省したしだいでした。