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第629回 忙酔敬語 出口治明さんが語る「世界史」

 「これが、一番書きたかった本です」という帯にひかれて出口さんの『人類5000年史Ⅰ』を読みました。出口さんは歴史家ではなく、ライフネット生命を立ちあげて社長・会長を勤め上げた実業家です。その実業家が歴史を語るわけですから既存の歴史書にはない深い思い入れがあるはずです。はたして40億年前から始まる生命史年表のページも掲載されていました。この本は古代史まででしたが、私としてはこれといったパッションを感じなかったので、Ⅱ、Ⅲなどその後のシリーズは読みませんでした。

 ところがブックオフで見つけた『一気読み世界史』は目から鱗の本でした。なまじ歴史家ではないので自説を自由奔放に述べています。文体は「です・ます」体で、重要人物は、たとえばナポレオンが「フランスはえらい危機やで。四方八方、全部が敵や。でもな、昔にもそんなことがあったんや。パリを取られてフランスが滅びそうなとき、田舎からジャンヌ・ダルクという乙女が現れてフランスを救ったんや」と関西弁でアジったりして(出口さんは三重県出身です)、一見とっつやすいのですが、歴史の初心者、たとえば中高生にはどうかな、という内容でした。私みたいに今まで教えられていた歴史に疑問をいだいている者には最適です。

 まず、歴史を大づかみにします。地球が温暖なときは食料が豊富になるのでローマ帝国や中国の漢といった巨大帝国が現れます。そして寒くなると食糧不足になり、北方民族が南下して来るので帝国は分断されます。しかし、18世紀の産業革命以降は大国(とくに大英帝国)は気候変動にぶれることなく発展しました。そのため英語は世界中に広まり、現在でも世界の公用語的な存在となっています。

 また、先ほど登場したナポレオンのせいで国家という「想像上の共同体」が出現しました。日本人が「日本」という国家を意識しだしたのは明治からで、それ以降、さかんに外国と戦争をするようになりました。モンゴル帝国が元寇として押しよせたとき、たまたま勝利しましたが、九州の地侍たちは負けたら生き残るため甘んじてモンゴルの支配を受け入れたのではないか、と現在の歴史家も言っています。自分ファーストの時代でした。

 最近、増えてきたベトナム人の患者さんに、私は「モンゴルに勝ったのは日本とベトナムだけですよ」とリップサービスをしていますが、モンゴル(中国の元)にとっては単なる軍人の失業対策としての事業だったようです。「戦争して勝ったら、そこを占領して住み着いてええで」と。極端な話、勝っても負けてもどちらでもいい。勝てば軍人はそこに残って支配者となり中国で悪さはしません。クビライは本当に賢いですね、と出口さんは評価していますが、私は殺伐として嫌悪感を覚えました。モンゴル帝国初代皇帝チンギス・カアンはさらに非情で、征服した中国を根絶やしにして牧場にしようとしましたが、宰相の耶律楚材が猛反対して漢民族は命拾いしました。ちなみに耶律楚材については私がつけ加えたことで、出口さんの本には登場していません。とにかくそんな大ざっぱな支配が長続きするはずがありません。その後、元は漢民族の明にとってかわり、明は満洲族の清に座を譲りました。清も元と同様に少数民族なので、生意気な漢人を強く束縛しましたが、モンゴルやチベットなどの自治権は認めざるを得ませんでした。それに対して漢人の中国共産党は、中国語をモンゴルとチベットに強要して世界のヒンシュクを買っています。

 まあ、古今東西、人間の欲望にはかぎりがないなあ、と呆れる思いがしました。