佐野理事長ブログ カーブ

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第621回 忙酔敬語 即効漢方

 「漢方薬があまり効いていないようですね。別のに換えましょう」

 「いいえ、まだ続けますから処方してください。継続は力なりです」

 80歳なかばの患者さんが言いました。本当は1、2週間しても効かなければ別の治療法を考慮すべきなのですが、患者さんは漢方薬は長期間飲まなければいけないと信じ込んでいるので、しかたなく言われるままに処方しました。お年寄りには勝てません。結局、半年後からは来院されなくなりました。20年以上も前のことですから、これ以上心配してもどうしようもありませんが、小骨が喉につかえたような感じでした。

 漢方薬は先人たちが苦労して野山の薬草を集めて配合した結晶です。何週間も先のことなんかより今、現在の状態を何とかしなければ、という思いが込められています。1800年前の『傷寒論』では、風邪のなり始めからこじらせた状態に応じて様々な処方が解説しています。当時の中国はちょうど三国志の時代です。政治家・軍人たちが戦争に明け暮れしていましたが、医師たちも病と戦っていました。同時代の『金匱要略』には産婦人科の疾患についても詳しく書かれています。

 同時代の西洋ではローマ帝国の全盛期でしたが、熱病などに関しての適切な治療法はありませんでした。イギリス人の歴史家が書いた当時の帝国内での旅のシミュレーション・ガイドブックには「とにかく病気になるな!」と警告しています。ただし外科的な処置は戦争の体験でかなりのレベルまで発達していました。

 風邪で有名な漢方薬として葛根湯があります。風邪の初期で体が冷えて後頸部が凝る人に奏効します。関節が痛くて体が熱い人(小児に多い)には麻黄湯が効きます。20年ほど前、インフルエンザの薬としてタミフルが登場したとき、妊婦さんに対する安全性は認識されていませんでした。そこで葛根湯+麻黄湯を投与したところ、同時にタミフルを飲んだご主人よりも早く改善したと喜ばれました。

 半年前にコロナの後遺症で体がだるくて咳も止まらないという患者さんが受診しました。人参養栄湯を処方したところ、2、3日でラクになったと驚いていました。初期のコロナにも挑戦したかったのですが、相手が悪かったので(当時は2類で医療行為はかなり制限されました)、腕に覚えある漢方医も手が出せなかったと悔しがっていました。

 3年前、陣痛で入院した経産婦さんが38℃以上の熱発をしました。当然、スタッフたちの頭にはコロナがよぎりましたが、咳もなく全身状態は良好でした。陣痛発来時に熱が出ることはたまにあることです。そこで麻黄湯を倍量飲んでもらったところ、10分後には熱は下がり、1時間あまりで分娩となりました。

 21歳のヤンママが膀胱炎症状を訴えました。3年前に泌尿器科で間質性膀胱炎という難治性の病気の診断を受けていました。尿検査でもはたして異常はなく間質性膀胱炎の再発でした。漢方薬としては猪苓湯や五淋散などいろいろあります。しかしながら「私は粉薬はダメです」と釘を刺されました。そこで症状に合わせて柴胡桂枝湯の錠剤を処方したら2日でラクになったと喜んでいました。

 最後は私の長女の夜泣きのお話しです。甘麦大棗湯という甘い漢方薬をお湯に溶いてスプーンで飲ませたところ、コロッと寝てしまいました。ヤバイ!と思って内容を確認しても小麦とナツメと甘草の3つで劇薬ではありません。ホッと胸をなで下ろしました。