佐野理事長ブログ カーブ

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第598回 忙酔敬語 東京の魚

 北海道は魚貝類が美味しいと言われていますが本当でしょうか?

 私は小樽生まれで、まだ幼稚園のときに東京へ引っ越しました。昭和33年の秋から昭和38年の秋まで中野区鷺宮5丁目343番地で過ごしました。ただし現在こんな住所はありません。子供の頃の記憶はおそろしくいまだに覚えています。ちょうど東京タワーが完成した直後で、昭和39年の東京オリンピックをのがれるように小樽にもどりました。

 コミック・映画『三丁目の夕日』と重なる時期で、東京が一番良かった時代と言われていますが、それはウソです。確かに野原あり空き地ありで、イタチが出没して夏は庭で虫どもが鳴き騒ぎ眠れないほどでしたが、水が大変なことになっていました。工業廃水や生活排水が処理されずに流されるため、多摩川にはあぶくが湧き、隅田川はドブ川と化し、東京湾からは生き物はいなくなり「死の海」と言われるようになっていました。

 その頃、スーパーはなく、魚屋さんが御用聞きと呼ばれるお兄さんを毎日のように派遣してきました。魚屋さんには小学館『魚貝の図鑑』(当時350円)に掲載されている食べられる魚貝の半分以上の品揃えがあり、魚好きの母は色々注文しました。『魚貝の図鑑』の解説にはそれぞれの魚貝の味についても言及していて、ジンベイザメは「おとなしいが肉は不味い」とかミズダコは「肉は不味いが大きいので水産物としての価値がある」と当時の小学生にはワケの分からないことが書いてありました。そのため、今でもたまにお寿司屋さんでタコが提供されると「これはマダコかミズダコか?」と訊いてしまうのでヤナ雰囲気を作ってしまいます。

 東京湾は「死の海」なので魚貝類は相模湾あたりで摂れた物だったのでしょう。中野区鷺宮までの運搬事情がいいのか、届けられた魚はけっこう新鮮でした。ある日、台所で中型のカニが2匹ほど転がっていて、まだ足を動かしていました。図鑑を見るとガザミ(ワタリガニ)で、「肉は非常に美味い」と書いてありました。母は手早にゆで上げました。確かに非常に美味かった。

 東京の人たちは北海道の毛ガニやタラバガニにあこがれているようですが、私はガザミが一番好きです。何と言っても値段がリーズナブル。食べる部分も胴体に集中しているので食べやすい。味は毛ガニほど水っぽくなく、タラバみたいにくどくない。日本全国どこにでもいるので注目されないのがいい。北海道でも普通に摂れるズワイガニは、山陰地方では越前ガニ、松葉ガニと呼ばれて珍重されていますが、値段がとんでもなく高い。

 なつかしい魚として、ホウボウ、タチウオ、トビウオなどがあります。塩焼きにして食べたらどれも美味かったが北海道ではめったに食べることができません。カツオの刺身も好きでした。刺身は普通ワサビ醤油で食べますが、カツオはイカみたいに生姜醤油でした。

 しかし、大好きだったタラコや筋子は食べられなくなり、小樽の母方の祖母に手紙を書く機会があれば必ず「タラコと筋子を送ってください」とおねだりしました。

 小5の秋、小樽に転校し、一年もしないうちに釧路に転校。東京オリンピックは釧路で観戦しました。当時の釧路はクジラをはじめ漁獲高が全国トップでした。クジラは刺身で食べるのが常識で、魚屋さんでなくても食料品をあつかう店なら普通に売っていました。ただし、バライエティに乏しく、中学のときの弁当のオカズはイカの煮付けが続いたり鮭の焼いたのが続いたりで、「東京の魚は美味かったなあ」とシミジミ思ったことでした。