院長ブログ カーブ

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第519回 忙酔敬語 内田光子さんのピアノ

 「ショパンを完璧に弾くピアニストは如何なる曲も完璧に弾ける。ショパンの曲のみを審査対象とするショパン・コンクールの入賞がピアニストにとって最高の権威であるのはそういう理由だ」

 中山七里さんの音楽ミステリー『いつまでもショパン』に出てくるセリフです。

 昨年のショパン・コンクールで反田恭平さんが2位、小林愛美さんが4位という快挙をなしとげ話題となりました。反田恭平さんの2位は内田光子さんの2位から50年ぶりだそうです。

 ショパン・コンクールで使用されるピアノは、スタインウェイ、ヤマハ、カワイ、そしてイタリアの新興メーカーのファツィオリです。スタインウェイ以外の3つのメーカーの専属調律師は日本人で、その熾烈な戦いが何年も前にNHKBS1のドキュメンタリー『もうひとつのショパンコンクール』で紹介されました。なかなかの傑作で何回も再放送されています。私は3回ほど見ました。「日本人ってスゴイや!」国粋主義者ではありませんが、素直に感動しました。今回、1位になったブルース・リウさんが使用したのはピアノのフェラーリといわれるファツィオリ。これも初めての1位でした。反田さんと小林さんはスタインウェイでした。ただし小林さんの動画を見るとヤマハを弾くことが多いようです。カワイは日本ではヤマハに押されていますが海外では弾きやすいと評判です。

 準優勝の反田さんは27歳と思えないほど堂々としていました。指揮やプロデュースもこなし、入賞するための作戦も綿密でした。でも私はこんなに完璧な人はちょっと苦手で、もっとボーッとして別世界にいるような芸術家が好みです。

 スマホで反田さんの事を検索していると、片隅に内田光子さんがセーター姿でスタインウェイにもたれかかっている映像が現れました。クリックしてみるとモーツァルトのピアノソナタでした。おなじみの曲の勢揃いでしたが、聴いてはじめてモーツァルトってこんなに素晴らしいんだと実感しました。

 一昨年、NHKEテレ『ラララ、クラシック』で世界のアーティストがコロナ禍の人びとの心を癒やすという特集がありました。選ばれた曲の第1位がバッハでした。バッハが音楽の神様と言われているのは知ってはいましたが、ピンと来ないのでピアノ音楽にくわしい事務のテッちゃんに、バッハのどこが良いのか聞いたところ、そくざに「グレン・グールドがおすすめです」とキッパリ言い切りました。それまでショパンにハマっていましたが、グレン・グールドに乗り換えてみました。確かに悪くはありませんでしたが、胃にもたれる感じですぐにルービンシュタインのショパンに戻りました。

 そこに現れたのが内田光子さんのモーツァルト。バッハと違って胃にもたれません。奏でる1音1音がピカピカに光って、ピアノの音ってこんなにキレイなんだとウットリしました。子供の頃、ピアノを習わされましたが、今と違ってツェルニーとかハノンとかやる気を削ぐような曲のオンパレードでした。娘たちが楽しそうに弾いているのを見て、オレもこんな曲を弾かせてもらえば今でもピアノを続けられたのにと無念でした。

 話がそれました。冒頭に紹介した『いつまでもショパン』のセリフはウソです。内田さんの弾く音は、スタッカート、テヌートなど基本のテクニックが完璧で、とくに指定されていない音の歯切れまで良く、ショパンの曲でははぐらかされるような技でした。