院長ブログ カーブ

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第402回 忙酔敬語 人生、すてたもんだった・・・

 明け方、お産で呼ばれました。もう、赤ちゃんの頭が出てくるところで、つき添っていたお姉ちゃんのテンションがあがりました。

  「わあ、頭が出た、手が出た!」

 赤ちゃんは無事に出てきました。早いお産でした。まるまると太って3500g越え。お姉ちゃんは大感激。

 「すごいね、人生ってすてたもんじゃないね!」

 私はお産で疲れ切ったヤンママに訊きました。

 「ねえ、お姉ちゃんの人生って、そんなにすてたもんだったのかい?」

 「ウン、すてたもんだった・・・」

 ヤンママはボソッと答えました。これは私のツボにはまり、思わずクスッと笑ってしまいました。

 人生いろいろあったようですが、身体的には2人ともいたって健康そのもの。赤ちゃんを抱っこすると、ヤンママは「生理痛みたいだ」と言いました。オキシトシンというホルモンが分泌されて子宮が収縮したあかしです。痛い人生を送ってきたお姉ちゃんも「何だか、わたしのオッパイも張ってきた」と胸に手を当てました。 

 オキシトシンは脳の下垂体から分泌されて、子宮を収縮させて産後の出血をいち早く止め、また、乳腺も刺激して乳汁の分泌をうながします。赤ちゃんを見て「わあ、かわいい!」と感じると妊娠していなくてもお乳が張ることがあります。いずれにせよ良いことです。 オキシトシンは最近、心を癒やす作用があると言われるようになりました。ペットのイヌは飼い主のオキシトシンを分泌させるという実験もあります。カップルがうまくいっていればお互いオキシトシンの分泌がさらに高まり、ますます仲よくなるそうです。

 しかし、産科にたずさわっている私たちは「ホンマかいな?」と、ちょっと疑っています。と言うのは、オキシトシンはとっくの昔から子宮収縮薬として、陣痛の弱いお母さんや産後に子宮が緩んで出血が多くなった褥婦さんに日常的に点滴していて、その結果、誰からも「わたし、心がなごみました」なんて言葉は聞いたことがないからです。まあ、お産や産後のジタバタの刺激でそれどころではないのかもしれませんが正直な感想です。

 その夜の当直はお産ラッシュで、このヤンママで3つめでしたが、「人生、すてたもんだった」ウンヌンカンヌンで疲れはふっとびました。

 高揚した状態になると、人はいろいろカミングアウトしたくなります。近年、お産にたずさわる医師が少なくなったと問題になっていますが、私としてはこんな楽しい体験を放棄するなんて残念なことだと思っています。もちろん、お産はいつ何時ヤバイ展開になるのか予測不可能な場合も多々ありますが、そこで勝負するのが生きがいというものです。ここで「勝負」と書いてしまいましたが、もちろん負けてはいけません。

 当院では、療養型老人病院に勤務している先生が2人当直に来てくれています。若い医師が敬遠しているお産が好きな大先輩たちです。日中はお年寄り相手の診療をしていますが、お産にやりがいを感じてくださっているありがたい先生たちです。  私は退屈に生きるというのが苦手です。いまさら激しい恋をしたいとは思っていませんが、お産は中途半端な恋愛よりよっぽど充実して、俺、生きてる!と実感する日々です。